「ねえ、お兄ちゃん。ニコライ、来るかなぁ」
先ほどからシェールは出窓へ上がり、ガラス越に空を眺めていた。
俄かに降り積もった雪を月明かりがうっすらと照らしている。確かに明るいがまぎれもなく夜である。
「多分な。ほら、夜更かしも大概にしてもう寝なさい」
「うん、もうちょっとだけ」
毎度のことながら、何故穏やかに話しているうちに言うことが聞けないのだろう。タリウスが溜め息を吐く。そのとき、ふいに彼の脳裏に懐かしい記憶がよみがえった。
「シェール、ニコライは悪い子のところにも来るって知っているか」
「知らない!だって、イイコにしていたご褒美をくれるんでしょう」
思ったとおり食い付いてきた。今でこそセントニコライは、クリスマスにお菓子や玩具をくれる気の良いおじさんだが、もともとは法の守り人であり、裁きの人である。自分がこどもの頃には、少々怖い話と共にそう聞かされた。
「普通はな。でも、悪い子のところにもちゃんと来るんだよ。くれるのはプレゼントではないが」
「じゃあなあに?」
「悪い子には鞭をくれる」
「………うそ」
一瞬にして、あどけない顔から血の気が引く。
「本当に?ハイってムチをくれるの?」
「いや…鞭そのものをくれるわけではなくて、鬼祭りのときみたいに、その場でペンペンかな」
言いながら、それはそれでありだと思った。弟はいよいよ落ち着かなくなる。
「ねえそれ本当?」
「さあ。俺は見たことないから」
「やっぱりお兄ちゃんはイイコだったんだ」
そこかよ、思わず突っ込みたくなると同時に笑い出したくなる。ある種、シェールに敵わないと思った。
「お兄ちゃん、僕もう寝る」
「ああ、おやすみ」
シェールに手を貸し、ベッドまで送る。毛布から覗いたのはなんとも不安げな顔である。
「大丈夫、お前は良い子だから」
ちょっと意地悪が過ぎたか。ぽんぽんと頭をなでながら、僅かに彼の良心が痛んだ。
翌朝早く、タリウスは弟の歓声で目を覚ました。
「お兄ちゃん!これ、ありがとう」
「な、何故俺にありがとう?」
いきなりばれるようなへまはしていない筈だ。タリウスの背中を冷や汗が伝う。声が上ずるのは寝起きのせいだけではない。
「だって、ニコライにイイコだって言ってくれたんでしょ」
「ん?………大したことではない。それよりも、欲しかったものをもらえたか」
「うん!」
弟が手にしているのは、流行りの仕掛け絵本である。ページをめくると、中に折り畳まれた絵が飛び出す仕組みになっている。買ったのはタリウスだが、例によってユリアのお見立てである。
「あれ?」
更に包みをあさると、底から紅白の捩じり飴が顔を出した。先の曲がった飴を手にハッ
としてシェールは固まる。
「どうした?好きだろう、そういうの」
「好きは好きなんだけど、でもこれってさ…よく考えたらムチに見えない?」
「ほう、よくわかったな」
複雑な表情を浮かべる弟を前にタリウスはおかしくて仕方がなかった。昨日までの弟ならこの甘い贈り物を無邪気に喜んだろうが、なんせ今はニコライの裏の顔を知ってしまったのだ。
「来年は本物が入っているかもな」
「いやーだー」
ニコライの発した警告に、弟はそんなの要らないと手を振った。
「だったら、このまま気を抜かず、良い子にしていることだ」
弟に微笑み掛けるこの男こそ、どさくさに紛れて杖型の捩じり飴(キャンディケーン)を包みへ潜り込ませた張本人、意地悪ニコライその人である。
了 2010.12. 「ニコライの贈り物」
あとがきというかつぶやきというか
作中の「ニコライ」に関する記述は全部デタラメ、というか創作です。
元ネタはサンタさんの原型セント・ニコラウスですが、他にも別の逸話がいろいろ混じっています。イタリアの魔女ベーネは良い子にはお菓子、悪い子には木炭をくれるし、ドイツのサンタは双子で、片方はプレゼント、もう片方はお仕置きをくれちゃうらしいです。なので、そういうのの良いとこ取り。
それにしても、キャンディーケーン(シュガーケーン)を見て、ケインだとわかるシェールくんも流石と言うかなんというか。どこで見たんだろ。お兄ちゃんの職場か、そうでなきゃゼインのとこか。
しかし、夏から探しまくりましたが、キャンディーケーンの資料(素材)って本当にナイ!結局、ノーマルの友人にオネダリして描いてもらいました。Iちゃん、いつもありがとー。
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