夜も更け、既に深夜と言って良い時間帯のことである。

 宿への帰り道、自室の窓から漏れた灯りに、タリウスは眉を寄せた。日頃から火の始末に充分気を付けるよう、シェールには言ってある。これは一体どうしたことか。

「おかえりなさい」

「お前、一体今何時だと思っている」

 そっと扉を開けると、寝間着姿のシェールがベッドに座って自分を出迎えた。窓辺へ漏れた灯りを見たときから、まさかとは思った。しかし、本当にこんな時間に起きているとは思わなかった。

「寝れなかったんだ」

「そうだとしても、寝る時間になったらベッドへ入る。ほら、早く」

 そう言って追い立てるも、シェールは一向に従う素振りを見せなかった。些細なことだが、疲れ果てた心を刺激するにはそれで充分だった。

「何故言うことが聞けない!」

 まずいと思ったときには、既に言い終えた後だった。泣きそうになったシェールを見ながら、徐々に頭が冷えていく。

「とうさんは僕のことが嫌いなんだ」

「何を馬鹿なことを。この忙しいときに、どうして嫌いな奴の面倒までみなくちゃならない」

 タリウスは辟易した。シェールもまた何かに疲れているに違いなかった。果たして今の自分に彼を癒すことが出来るだろうか。

「ぎむだから」

「義務?」

「そう思えば、とうさんには何だって出来ちゃうんだ」

 なかなかに鋭い推察である。思わず感心していると、シェールの表情がますます曇っていくのがわかった。

「義務で人を好きにはなれない」

「でも!」

「シェール、何があった」

 夜更かしを叱るより先に、まず尋ねるべきだったのだろう。シェールはそれには答えず、ただじっと何かを堪えていた。やはり時機を逸したか。

「じゃあ、お前はとうさんにどうして欲しい?」

「どうって…」

「良いから、して欲しいことを言いなさい」

「それなら、それだったら僕…だっこして欲しい」

 刹那、湿った空気がぷっと破られた。

「い、言っていいって言うから…!」

 羞恥に染まった頬へ手を伸ばし、すぐさまこちらへと抱き寄せた。

「もちろん言って良い。毎朝毎晩言ったって良いくらいだ」

「いらない。そんなに欲しくないもん」

 憎まれ口を叩きながらも、その手はぐいぐいと背中を掴んでくる。全身にシェールの体温を感じた。

「寒いのか」

 そのまま背中を叩いていると、シェールが震えた。

「全くこんな時間まで薄着で起きているからだ」

「だって…!」

 生意気な尻をぽんとはたき、弁明する言葉を遮る。シェールはと言えば、むっとしてこちらを見返した。

「これでまた風邪でもひいたら、苦しいおもいをするのはお前なんだぞ」

「…ごめんなさい」

 しかし、自分が心配されているのを見てとれたのか、今度は素直に詫びを入れてきた。

「良い子だ。ほら、入って」

 いつの間にかすっかり重くなった子供を抱き上げ、ベッドへと運んだ。

「話があるのなら聞くし、そうでないにしろ、眠るまでみているから」

 そうしてシェールが毛布にもぐるのを見届け、ようやく一心地付く。


「あのね、とうさん」

「何だ」

 袖口の釦を外しながら、タリウスは背中で息子の呼びかけに応じた。

「僕、とうさんがとうさんで、良かったって思った」

 毎度のことながら、こういうときに何と返したら良いか、彼にはわからない。あれこれ思慮していると、シェールの呼吸が寝息に変わった。幸せそうに眠りに落ちていく子供を見ながら、彼もまた満ち足りた心地になった。


 了 2012.2.1 「灯」