「で、大騒ぎした結果、何のことはない。自分の手元にあった。そうだったね」

 その夜、すべてが終わった後で、ミゼットは夫から借り受けた徽章を返却した。

「私の勘違いだった。その、ごめんなさい」

「おっちょこちょいなところは少しも変わらないね」

「あはは…」

 乾いた笑いが虚しく響く。

「笑い事では済まされないのだよ、ミゼット」

 夫の目が少しも笑っていないことに、ミゼットは冷や汗を掻いた。

「昔、私の教え子が同じことをしでかしてね。そのとき、彼がどんな目に遭ったと思う?」

「さ、さあ…」

 本当のところ、何となく見当がついたが恐ろしくてとても口に出来ない。

「ミゼット、鞭を取ってきなさい」

 ゼインが低く命じる。彼女は息を呑んだまま動かない。

「私が取ってきても良いが、その分数は倍になるよ。良いんだね」

 そのまま歩きだそうとするゼインを、待ってとミゼットが遮る。そして、しぶしぶ部屋の隅
へ向かうと、カーテンの陰にある籐鞭を取る。

「何だね」

 意を決して鞭を差し出すも、ゼインは涼しい顔で問い返す。

「何って…」

 言いながら、今更ながらこの男の本質を思い出す。納得のいく台詞を言うまで、このまま
何時間でも待ち続けるだろう。

「ください」

「聞こえない」

 不本意だとばかりに口の中で台詞を唱えるが、ゼインはそれを許さない。

「罰してください…お願いします」

「良かろう」

 満足そうに微笑む夫を見て背筋が凍るようだった。彼はミゼットから鞭を受け取り、罰を
受ける姿勢を取るよう目で合図する。

「あのとき、勘違いではないかと聞いたね。よく探すようにとも言ったはずだ」

 夫の言っていることが正しいだけに、耳が痛い。彼女は項垂れて最初の一打を待った。

「少しは進歩したまえ」

「いっ!」

 階下にはアシェリーがいる。そう思ってなんとか堪えようとするが、自然と声が漏れた。

「思い込みが身を滅ぼすことだってあるのだよ。今更そんなこと、私に言われるまでもなか
ろう」

「うぅ、ごめんなさい」

「君もあの娘を打ったのだろう。このままでは示しが付かないだろうから、たっぷり反省さ
せてあげるよ」

 そこからは、間髪いれずにひたすら鞭を振り下ろした。ミゼットは歯を食いしばって懸命
に耐える。今度のことは弁解の余地が全くない。永遠とも思える鞭打ちを受けながら、祈
るような気持ちでひたすら終わりが来るのを待った。

「いいかい、ミゼット。一歩外へ出たら、私は君を助けてやれない。ひとりで闘うしかないの
だよ。もう少し注意深く行動しなさい」

「はい、ミルズ先生」

 ふう、とゼインがため息を吐く。

「私はもう君の先生ではないし、それに今は君もミルズだ」

「ああ、そうね」

 あまりの罰の辛さに、つい記憶があの頃に逆戻りしてしまった。何とも言えない微妙な空
気が夫婦を包む。

「そういうわけだから、これから気をつけなさい」

「ええ、わかった」

 二人は見つめ合い、それからぷっと吹き出す。

「すまない、ついやりすぎた」

 ゼインは、不格好にはれ上がったお尻を慈しむようにしてなでた。


 ホントにおしまい 2010.7.5 「盗癖」  ぜひこえを聴く