「話をしましょう」
アシェリーを伴い、再び家の中へ入る。
「バッジはこのとおり家にあった。ごめんなさい、あなたを嘘つき呼ばわりして。私が悪かった」
ミゼットの謝罪を聞いて、アシェリーは心底ほっとした様子だった。
「だけどね、ピアスとハンカチはあなたが盗ったのでしょう」
「本当にあたし、盗るつもりなんか!借りただけです」
必死に訴える言葉どおり、本気でそう思っているようだった。
「あのね、アシェリー。誰かの持ち物を無断で持っていったら、それは借りたことにはならない。
だから、してはいけないことなの」
わかる?とミゼットに顔を覗きこまれ、アシェリーは項垂れる。
「家の中でならまだしも、外でやったら完璧に泥棒。捕まって、牢獄に入れられたくはないで
しょう。もしそうなったら、あなただけじゃなくて私もゼインも困るの。私たちは、陛下と国へお
仕えしている身だから」
結局のところ、ゼインが一番気にしているのはそこなのだ。とかく城仕えをしている自分に
対して、過剰なまでに神経を尖らせている。
「ごめんなさい、奥様。もうしないからゆるしてください。もう奥様の困ることしません」
「本当に?じゃあもう絶対にしないって約束できる?」
「はい、奥様。約束します」
ゼインが聞いたら甘いと言うだろう。だが、今回は自分に非があったこともあり、この謝罪
を受け入れようと思った。
「わかった、赦してあげる。でも、その代わり罰は受けてもらう」
「罰…ですか?」
途端にアシェリーの目が怯える。
「この前と同じよ。もうしないようにしっかり教えてあげる。さあ、こっちへいらっしゃい」
「ごめんなさい!もうしませんから!」
「きっとあなたなら、その言葉どおりにしてくれると思う。だけど、自分のしたことについて責
任はとってもらわないといけないの。知らなかったじゃすまされないこともあるのよ」
ミゼットは淡々と話した。感情的になってもろくなことがないと学んだのだ。
「さあ、良い子だからいらっしゃい」
アシェリーが恐る恐るこちらへ近付いてくる。そして、躊躇いがちにミゼットの膝へ身を委ね
る。途中で怖くなったのか、床を手がつく前に起き上がろうとしたが、そんな彼女の腰のあた
りをしっかりと固定してしまう。そして、スカートをまくりあげ、若干考えた後で下着に手を掛
ける。
「…!」
思わずミゼットは声をあげそうになった。アシェリーの白いお尻には無数の裂傷があった。
その惨たらしい傷跡から、どれほどの力で打たれたのか想像に難くない。前にお仕置きした
ときには下着の上からだったし、興奮していたためよく見ていなかった。
「ごめんなさい」
アシェリーの声で我に帰る。一旦罰を与えると宣言した以上、ここで止めるわけにはいか
ない。
「十回よ、我慢できる?」
「はい」
痛くないお仕置きなんてない。そう自分へ言い聞かせ、無情に手を振り下ろす。
「やぁ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
幼い泣き声を聞きながら、自分も泣いた。早く終われ、まるで自身が罰を受けているよう
な心地だった。
「終わりよ、アシェリー」
宣告した回数を打ち終わると、着衣を戻し背中を擦った。アシェリーはすぐには起き上が
らず、苦しそうに息をしていた。
「アシェリー、もう良いのよ」
「奥様ぁ」
ふらふらと立ちあがり、お尻に手をやる。そして、目を上げた彼女ははっと驚いた。
「どうして奥様が泣いているんですか?」
「さあ、どうしてかしらね」
ミゼットは曖昧に笑い、目頭の涙を拭う。
「あたしが奥様のものを盗ったからですか?」
「違う。そうじゃないの、それはもう良いのよ」
「でも、奥様泣いてる」
アシェリーは泣きはらした顔を更に歪める。もう限界だった。これ以上は見ていられない。
「アシェリー」
「え…?」
驚く少女を両腕で抱きすくめた。名を呼びながら髪をなで、背中をトントンと叩く。
アシェリーはされるがまま、茫然としていた。ただ、やわらかく、あたたかなミゼットに抱
かれるのはとても心地良かった。
「ねえ、アシェリー。とても嫌なことを聞くけど、答えられる範囲で答えて。お尻の傷、施設
で、その…されたの?」
アシェリーは黙って首を振る。
「じゃあ、どこで?」
「前の奥様」
予想外の答えに、思わずミゼットが声を上げた。初耳である。夫からはこれが初めての
勤めだと聞かされていた。
「うちへ来る前に他のお宅に上がっていたの?」
「はい、ちょっとだけ」
「仕事で何か失敗したの?それとも、その奥様の物を持ち出したりした?」
「失敗もしたけど、でも失敗しないときもぶたれました。だから、よくわかりません」
彼女は意図的にミゼットから視線を逸らす。そして、小さく続けた。
「もしかしたら、旦那様がやさしくしてくれたからかも、しれないです」
「え?」
一瞬意味がわからなかった。
「わからないけど、でもだって。旦那様がいっぱいやさしくしてくれると、奥様からはいっぱい
ぶたれたから」
「なんてことを」
嫉妬である。年端のいかない娘に何故と思う反面、人形のような容姿をした彼女なら充分
にあり得ることだと思った。
「私はあなたを気分で叩いたりはしない。もし、次にあなたを叩くことがあるとすれば、それは
あなたが良くない行いをしたときだと思って」
言いながら、今後二度と衝動的に手を上げまいと心に誓う。
「じゃあ、これからは私の許しを得ずに勝手に何かを持っていってはだめよ。あなたのものじゃ
ないのだから」
「でも、奥様。私のものはどこにありますか」
その言葉に衝撃を受ける。彼女はこれまで、何かを自分のものとして占有することがなかっ
たのだ。洋服も雑貨も、そして家族さえも。だからこそ、自分のものと他人のものとの境がない
のだと思った。
「そうね…」
一層のこと、目の前にある自分の持ち物をあげてしまおうかと思った。だが、それでは何にも
ならない。そうではなくて、何か彼女のために出来ることがある筈だ。ミゼットは思考を巡らす。
「じゃあ、一月頑張って働いてくれたら、あなたの欲しいものを私が買ってあげる」
「本当ですか!」
そんなことは考えてもいなかった。アシェリーは主人の言葉に目を輝かせた。
「ええ、本当よ。ピアスでも何でも、好きなものを一つ買ってあげる」
この提案を、夫は浅はかで愚かなことだと評すだろう。一度甘い蜜を吸ったら最後、後々余計
に苦しむことになるのは目に見えている。しかし、それでも良いと思った。
「奥様、あたし頑張ります」
「期待している」
縁あって出逢ったのだ。この薄倖な少女に、一度くらい良い思いをさせてやってたとしても罰は
当たるまい。
了