「それで、その娘を雇うと言ってしまったというわけ?」

 何をやっているのよ、そう言って呆れる妻に、頭が上がらなかった。

 あの日執務室に現れた男は、かつて彼が世話になった人物の伝てでやってきた。それ故無碍
には出来なかった。

「面目ない」

「そりゃ私だって、メイドがいたら便利かもしれないと、思わないでもないけれど。それにしたって、
勝手に決めてこないで頂戴」

「まだ正式に雇うと言ったわけではない。会ってみて、君が気に入らなければこの話はなかった
ことにして良いから」

「それで、いつ来るの?」

「そろそろ来る頃だと思うが」

「は?そろそろって、今日…ちょっと、ゼイン!どこに行くのよ?」

 何故だか戸口へ向かうゼインをミゼットが追い掛ける。

「散歩へ出ようかと思ってね」

「ふざけないでよ!」

「すまない、ミゼット。だが、私がいるとまたよからぬことを口走るかもしれない。メイドを雇うなら、
君の管轄になるだろうし」

「管轄って…指揮官はあなたよ」

 呆れ返るミゼットの横を肩を落とした指揮官がそっとすり抜ける。残されたミゼットは、特大の溜
め息を吐くのだった。

 彼女は落ち着かない様子で、招かざる客を待っていた。

 それからしばらく経って、小さく扉を叩く音がした。返事を返すが、無反応である。

「うちに何かご用?」

 ミゼットが戸を開けると、少女がひとり佇んでいた。恥ずかしいのか、顔を伏せたまま上目遣い
で彼女を見た。

「ここに働きに来ました、奥様」

「え?あなたもしかして」

 ミゼットの目が点になる。

「メイドをしにきました」

「えー!?」

 盛大に叫び、慌てて口を押さえる。いくらなんでもここでは近所の目がある。ともかくいらっしゃ
いと、少女を家へ上げた。

 ミゼットはまじまじと少女を見詰める。そして、まるで人形のようだと思った。やせ細り、みすぼ
らしい身なりをしているが、目鼻立ちの良い整った顔立ちをしている。少女は無遠慮に視線を向
けられ、伏せ目がちにした。そのしぐさが一層愛らしかった。

「座って、今お茶をいれるから」

「お茶はあたしが」

「いいのよ…。あ、ええ、そうね。お願い」

 とにかく難癖を付けて断る口実を作れば良いと思った。ミゼットは少女を伴い、炊事場へと向
かう。

「お湯は沸いているから、それを使って」

 少女は慣れない手付きで茶葉をすくう。そして、薬缶からお湯を注ぎ、すぐさまそれをまたカップ
へ移そうとした。

「すぐに入れてはだめよ。茶葉が開かないから。砂がみんな落ちたら入れて頂戴。良い?」

 言いながら、砂時計を返す。少女は砂時計に釘付けになりながら、こくりとうなづいた。若干の
不安が残ったが、気にせずミゼットは元いたダイニングへ戻った。

 椅子へ腰を下ろし、溜め息をひとつこぼした。一体彼女はいくつなのだろう。ゼインの話では
17、8の娘と言っていたが、どう見てもそれには遠く満たない。せいぜい14、5、見ようによっては
12歳の子供と言えなくもない。これでは楽になるどころか、仕事が増えるのは必至だ。

 彼女はふと喉の渇きをおぼえ、炊事場の少女を思い起こす。お茶を淹れるだけにしては時間が掛り過ぎだ。

「ねえ、まだなの?」

 ミゼットが声を掛けると、少女は先ほどと変わらぬ姿勢でぼんやりと砂時計を見詰めていた。

「え?何で」

 とうの昔に砂は落ち切っている筈である。そうなると、考えられるのは…。

「一回砂が落ち終わればそれで良いのよ」