「先生、そこをなんとかお願いしますよ。人助けをすると思って」

 男は椅子に座ったまま膝へ頭を擦りつける。彼はゼインの執務室へ訪れてから、終始この
調子である。

「だから、人手は足りていると言っているだろう。それに、私の一存で決められることでもない」

 一体何度同じ台詞を口にしただろう。ゼインはうんざりしながら足を組み替えた。

「もちろん奥様には改めてお話に伺います。ですから、まずは先生のほうからお話いただいて
ですね、内諾を」

「誰も良いとは言っていな…」

「いえいえ、きっと気に入ると思います。可哀相な身の上の娘ではありますが、気立ての良い、
素直な娘ですから」

 ゼインの言葉を遮り、男は怒濤の如く喋る。そんな男にゼインは冷たい視線を向ける。

「そんなに良い娘なら、無理矢理私に押しつけなくとも、いくらでも雇い手があるのではないの
かね」

「ですから、先ほどから申し上げているとおり、何かの行き違いで決まり掛けていた雇主から
急遽断られてしまいまして。きちんとした働き口が見付かるまでの間で良いんです。お願いし
ます、先生」

 また振出しに戻った。もはや言い返すのすら面倒になってきた。

「なんせ年端のいかない娘ですから、滅多なところへはやれません。その点、先生のところで
したら安心です。本当はお優しい方だと伺っております」

「何だね、その本当はというのは」

 一体自分の風評とはどんなものなのだろうか。そう考えたら、一気に疲労が増したような気が
した。

「言葉の綾です。そんなことよりも、とにかく一度彼女に会ってみてください。その上で無理なら
無理と断っていただいて、構いませんから。ね?」

「ああ、わかった」

 一刻も早くこの騒々しさから逃れたかった。それで、つい口を滑らせてしまった。いや、男のしつ
こさに根負けしたとも言う。

「本当ですか!いやぁ、どうもありがとうございます。流石は先生!噂に違わず素晴らしい方だ」