就寝前のひとときである。タリウスはベッドの中で読書に興じていた。足元では、隣から遠征してきた弟が同じように絵本を開いていた。
 
「シェール、そろそろ寝る時間だ」
 
「今日だけここで寝ても良い?」
 
「ダメだ」
 
「どうして?」
 
「どうしてって、お前にはお前のベッドがあるだろう」
 
「そうだけど、でも」
 
「つべこべ言わずにもう寝なさい」
 
そう言って追い立てると、シェールはさも不満そうにぷっと頬を膨らませた。タリウスがあえて見ないふりを決め込むと、弟はこれ見よがしに頭から毛布を被った。
 
「………だもん」
 
「ん?何だって」
 
弟が何事かを呟くが、毛布に阻まれよく聞き取れない。
 
「だから、お兄ちゃんなんかキライって言ったの」
 
シェールはご丁寧に毛布から顔を覗かせ、言い終わると共にまたベッドに潜り込んだ。
 
「嫌いな人間と一緒に寝たかったのか」
 
「だって!」
 
思わず口をついた意地悪な台詞に、シェールは憤慨した。
 
「だって、だって、さっきまでは大好きだったんだもん」
 
「わかった。わかったよ。シェール、眠るまでここにいる。それで良いか?」
 
言うや否や、タリウスは弟のベッドに腰を下ろした。可愛らしい本音に、ついつい口許がほころんだ。
 
「うん」
 
シェールは再び毛布から顔を出すと、とびきりの笑顔を見せた。反則だ。水晶のように無垢な瞳を前に、タリウスは思う。この笑顔と涙には、どう足掻いても叶わないのだ。
 
「どうした?何かあったのか」
 
「ううん。ただ、一緒にいたいって思っただけ」
 
「そうか。すまないな、淋しいおもいばかりさせて」
 
「お兄ちゃんは淋しくないの?ひょっとして、大人になったら淋しくなくなる?」
 
「大人になれば多少の我慢は利くようになるが、それでも長いことお前に会えなくなったら、淋しいだろうよ」
 
「ホントに?」
 
「お前は家族だからな」
 
「だったら、家族がイイコにしてると嬉しい?」
 
「それもそうだが、お前には何より元気でいて欲しい」
 
高望みをしたところで仕方がない。第一に、良くない行いは、その都度正せば良い。タリウスは、弟の前髪をふわりと撫でた。
 
「ほら、もうおやすみ。夜更かしは身体に良くない」
 
「わかった。おやすみなさい」
 
弟は満足そうに水晶の瞳を閉じた。



 了 2024.2.4 「水晶」