「ね、ねえリュート。本当に真っ暗だね」

「なんだよ。もしかして、怖いのかよ」

「別に。リュートは怖いんだ」

「全然怖くないし………っわぁ!!」

 ぽきっという音の後、突然友人が飛びついてくる。シェールは思わず持っていた手燭を取り落としそうになる。

「びびびびっくりさせないでよ、枝踏んだくらいで大袈裟なんだから」

 消えかけた炎をなんとか守り、足元に浮かび上がったのは乾燥した木の枝であった。かくいう彼も友人の叫び声に大いに驚いた。

「しょうがないだろう」

「そう?」

 現在、シェールは里帰りをしている。保護者であるタリウスと一緒なのは前回と同じだが、今回は泊りがけである。しかし、彼らが遊びに出るには些か時間が遅い。

「肝試しなんだから良いんだよ、叫んだって」

「あっそう。ねえ、それより本当に死神がいたの?」

「だから見たんだって」

 発端は、昼間リュートの言った「死神を見た」だった。そのいかにも信じ難い話に、シェールは真っ向から疑いの目を向け、それならばとこうして肝試しがてら検証しにやってきたのだった。

「死神って生きてる人にしか用がないのかと思ってたけど、お墓で何してるんだろうね」

「お墓参り、はしないか、普通」

「うん、たぶん」

 しかし、時期に墓地の中を一回りすることになるが、一向にそれらしき影は発見出来ない。そろそろ帰らないと、自分たちがいないことに親たちが気付くかもしれない。どちらかというと、少年たちにはそちらのほうが気掛かりな事項になりつつあった。

「そろそろ帰るか」

「ねえあれ何?」

「どれ?」

「あれ!あれだって!!」

 シェールの指すほうには、小さな光がぼんやりと浮かび上がっていた。

「人魂?この前と同じ………死神だ!」

「ほんとにいたんだ!」

「やばい!逃げろ!!」

 言うが早い、彼らは闇に向かって駆け出した。途中で後ろを振り返ると、光もまた恐ろしいほどの速度で彼らに向かってくる。

「リュート早く!」

 次第に間合いは詰まり、一歩一歩確実に何者かが迫る。そして、ついに友人の肩を掴んだ。

「うわ!!」

「リュート!!」

 流石に友人を見捨てて逃げることは出来ず、シェールは急停止を掛ける。

「死神さん、ちょっと待って」

「誰が死神だ」

「お兄ちゃん?」

 唐突に耳に入ったのは、聞き違えることなどまずない声だった。もう何がなんだかさっぱりわからない。

「とんだご挨拶だな」

「なんでここに?」

「それはこちらが聞きたい」

 そう言うタリウスは不機嫌そのもので、これなら本物の死神のほうがまだいくらか良かったかもしれないとシェールは思った。

「来なさい」

「やっ!」

「シェール!!」

 果たしてこの後どうなるか、リュートにも容易に想像出来た。彼はなんとか阻止しようと必死にタリウスに取り付く。

「こら、やめなさい。心配しなくても、後で同じ目に遭わせてやるから」

「えー!?」

 まさかの台詞にリュートが手を離した。

「お兄ちゃん!」

「すべてにおいてお前ひとりがみんな悪いと言うなら話は別だが」

「ちがっ!元々リュートが…!」

「なるほど、お前は少しも悪くないと言うんだな?」

「そういうわけじゃなくて。だから、その………半分!半分は僕が悪い」

「だったら、罰も半分こだ」

 言うが早い、タリウスは暗がりへ我が子を引きずる。対するシェールも全力で抵抗するが、すぐさまお尻をむかれ、しっかりと小脇に抱えられてしまう。

「いいか、10回だ」

 良いも悪いもない。この段になっても、シェールは身体をくねらせ逃れようと必死だった。

「ほら、往生際が悪い!」

「や!」

 すると、突然身体が宙に浮き上がり、そのままピシャリとお尻を打たれる。いくら姿が見えないと言っても、肌を打つ大きな音までは隠せず、自然と顔が赤らんだ。

「いった!もうこんなのヤダ!!」

「こうなったのは一体誰のせいだ」

「お尻が痛いのはお兄ちゃんのせ…」

「お前のせいだろう!」

「いったー!!」

 暗闇から聞こえるお仕置き模様に初めは恐怖していたリュートだったが、次第におかしくてたまらなくなる。これでは叱られているというより、まるでじゃれあっているようだと思った。

「全く少し目を離すとこれだ。そのまま反省していろ」

 宣告されたよりも少しだけ多めに罰をもらい、シェールがこちらへ戻って来る。数こそ少ないが最初からほぼ手加減なしで叩かれたため、お尻はヒリヒリと焼けるように痛んだ。

「思いっ切りぶつんだもん」

「シェール、平気?」

「リュート!なんで逃げなかったの?」

 ぶつくさ言いながらお尻をさすっていると、心配そうなリュートと目が合った。てっきり今の間に家へ帰ったとばかり思っていた。

「そんなとこにいたらお兄ちゃんに食べられちゃうよ!パリパリって」

「パ、パリパリ?!」

「うん、頭からパリパ…」

「そんなに喰われたいのか!」

「わーっ!」
「ぎゃー!」

 再び少年たちは示し合わせたかのように走り出し、そしていくらもいかないうちに大きな影に捕らえられる。

「こら!いい加減にしないか」

「わっ!」

「やっ!」

 片手ずつ少年をひねり上げると、ようやく辺りに静寂が戻る。

「さて、お仕置きの続きだ。シェールは半分悪いと言っていたが、残りの半分は誰が悪い?」

「リュ、リュートは悪くない!」

 一瞬の沈黙の後、シェールが噛み付いてくる。

「シェールが言っていることが本当なら、もう一度シェールをお仕置きするが?」

「えっ?!」

「違う!シェールは、本当は少しも悪くない」

 今度は反対側の少年が声を上げた。

「リュート!」

「だって、初めに行こうって言ったのオレだし。本当はオレのほうが悪いのに…」

 シェールにまで痛い目に遭わせてしまったとリュートは目を伏せた。

「結果的に止めなかったのだからシェールも同罪だ。そんなに気に病むことはない」

 意外な台詞にリュートはぽかんとしてタリウスを見上げた。

「だけど、こんな時間に家を空け、家族を心配させたことについてはきちんと反省しないといけないな」

「………はい」

 穏やかながらも厳しい口調にリュートは素直に頷いた。

「そういうわけだから、少しだけ我慢しなさい」

 既に友人も同じ罰を受けており、自分だけが拒む道理はない。だが、ひとつだけどうしても気掛かりなことがあった。

「あ、あの」

「ん?」

「シェールと同じが、良いです」

「わかった。10回だ」

 タリウスは先ほど我が子にしたように少年の腕を取った。


「絶対ずるいよ」

「何が」

「何がってお仕置きが。同じって言ったのに」

 リュートを送った後、ふたりは来た道を引き返していた。闇の中、距離を取って歩くその姿は、さしずめ死神と使い魔のようだった。

「同じだっただろう。ふたりとも10回だ」

「そうじゃなくて」

 この死神はリュートに対して明らかに手加減していた。直接見たわけではないが、恐らく脱がされてもいない筈だ。それが何だと言われればそれまでだが、ともかくリュートのお仕置きを見てからどうにも心が騒がしいのだ。

「全く同じになんて出来るわけないだろう」

「なんで?」

「考えてもみろ。お前はリュートのお母さんに無遠慮に甘えられるか?好き放題わがままを言えるか?」

「そんなこと、出来っこないじゃん」

 リュートの母親には幼い頃から世話になっており、気心も知れている。しかし、それにしても所詮は他人である。

「それと同じだ」

「つまり、リュートに遠慮したってこと?」

「そんなところだ。お前には遠慮する理由がないだろう」

「やっぱりずるい」

 口ではそう言いつつも、心のほうは大いに納得し、自然と口元が緩んだ。シェールは小走りで死神との間合いを詰め、思い切りその手に飛び付く。

「意外と嫉妬深いな」

 そんな使い魔を横目で見つつ、死神はひとりごちた。



 了 2011.6.9 「死神」