本科生の卒校から、次の予科生の入校までの間、国内すべての士官学校が閉鎖される。
この間、予科生は例外なく家に帰された。表向きは、本格的な戦闘訓練へ入る前に彼らに英
気を養わせることを目的としているが、実際のところは教官へ休暇を取らせるためにしている。
本科生に最後の梃入れをし、その間に新たに予科生となるべく少年たちを選抜する。この時
期は、流石の鬼たちもクタクタに疲弊するのだ。

 そんな鬼のひとり、タリウスは妻と共に遅めの朝食を摂るところだった。

「シェール、起きてきませんね。疲れているんでしょうけど、昨日もそのまま寝てしまったし」

 妻は食事のセッティングの済んだ空席に目をやり、ちょっと見てきてくれないと言った。 

「わかった」

 彼は返事を返し、席を立った。


「シェール、起きろ」

 戸を叩きながら何度か声を掛けるが反応がない。

「入るよ」

 戸を開けベッドへ視線を落とすと、すやすやと眠りこける弟の姿があった。時を経ても、
無邪気な寝顔は少しも変わらない。半分だけクッションに埋もれた弟の横顔を見ながら、
過ぎ去りし日のことが思い起こされる。この天使の笑みの裏に隠された小悪魔の顔に、
随分と手を焼いたものだ。そう考えると、彼の中で少しだけ規範意識が薄れる。そして、
珍しく湧き上がってきた悪戯心を抑えることが出来なかった。

「起きろ!シェール=マクレリイ!いつまで寝ている!」

 その独特の発声に、文字通りシェールはベッドから飛び起きた。

「申し訳ありませ………って、お兄ちゃん」

 うそでしょう、とシェールは仰向けでベッドへ倒れこむ。兄はニヤリと笑った。

「おはよう。気分はどうだ?」

「最低」

 むくれる弟を尻目に、そうか、とタリウスは悪びれる様子もない。

「そうかじゃないよ。もう、勘弁してよね」

「お前がなかなか起きてこないからだろう」

「だからって、心臓が止まるかと思った」

 先生かと思ったし、と呟き、先生なんだろうけど、と更に呟く。彼もまた、昨年から地
方の士官学校へ入校していた。

「とにかく一度起きてきなさい。食事をしてからまた眠れば良いだろう」

「わかった。すぐに行くよ」

 いくつになっても兄には敵わない。それどころか、少し見ないうちに性格が悪くなった
のではないかと、シェールは頭を抱えた。


 了