ここ数日、城下では国王の長期在位を祝い様々な祭典が催されていた。とりわけ、祭りのメインとなる今日は、国王を初めとする王族が国民の前にその姿を見せるとあって、普段は堅く閉ざされている城門の一部が国民に開放されていた。

 人々は競うように詰めかけ、必然的に警備も厳重になり、多くの軍関係者が城内の警備に駆り出された。彼、タリウスもそのひとりである。

「ジョージア教官!」

 城内で自分をそう呼ぶ人間はそうそういない。ましてや、その声が一際甲高いとなれば、思い当たる人物は一人しかいまい。雑踏の中、タリウスはゆっくりと声のするほうを振り返った。

「丁度良かった。悪いんだけど、ちょっと頼まれてくれない?勿論無理なら断ってもらって良いんだけど」

 ミゼット=ミルズである。彼女の後ろには、少女がひとり隠れるようにして立っていた。

「私に出来ることでしたら」

 言いながら、タリウスは改めて少女に目をやった。少女は鮮やかな衣装に身を包み、目許や口許には入念に化粧が施されている。今朝方から弓手広場付近で、同じような格好をした少女たちを多数目にしている。恐らく、彼女たちは国王の御前で行われる某かの祝宴に出演するのだろう。

「舞踊団の娘なんだけど、間違えて馬手のほうに行ったみたいで、弓手に行くには一旦外に出て外壁に沿っていけばわかりやすいとは思うけれど…」

 それでは随分と大回りになる上に、かなりの人混みを越えて行かなければならない。

「関係者ならば、中を突っ切って行ったほうが手っ取り早いですね」

「そうなんだけど、私、今日内門の警備に駆り出されてて、流石に弓手までは行けなくて」

「ああ、構いませんよ」

 目的の場所はぎりぎり警備区域内である。見回りがてら関係者を送り届けたところで、特に問題ないだろう。

「恩に着るわ。クララ、彼と一緒に行きなさい。中から行けばあっという間よ」

「で、でも」

 クララは不安そうにミゼットを見上げた。

「大丈夫よ。怖そうに見えるかもしれないけど、見た目に反して良い人だから。それとも、ひとりで行ける?」

 一応声をひそめてはいるものの、その実丸聞こえである。気まずいことこの上なかった。

「彼だってそうそう暇じゃないのよ。自分で決めなさい、今すぐに」

 化粧のせいでいくらか大人びで見えるが、実際には年端のいかない子供なのだろう。仮に上官がこの場にいたとして、恐らくは満面の笑みで少女を安心させただろう。だが、あいにく人には向き不向きがある。

「ひとりで迷子になるよりマシだと思うが」

「迷子はお手のものでしょう」

「勘弁してください。今日は家で大人しくしている筈です」

 ミゼットの言葉にタリウスは思わず苦笑した。

「祝日に父親が不在なのに?」

「不吉なことをおっしゃらないでください。あいつにもそのくらいの分別はもうある筈です」

 それを見越して、昨日は構い倒してきたのだ。とはいえ、内心一抹の不安が過るが今はあえて気にしないようにした。

「あらそう。で、クララ。あなたはどうするの?」

「あの、やっぱりひとりでは不安なので、一緒に行ってくださいますか」

「勿論かまわない。だが、迷子はごめんだ」