全く日が悪いとしか言い様がない。

 朝から執拗にシェールに絡まれ、いくら宥めても一向に言うことを聞かない。思い余って叱ると、今度は火の点いたように泣き出した。それでもどうにかこうにか弟を諭し、タリウスは全速力で兵舎へ向かった。

 だが、ホールの扉を開けたところで上官の背が視界に入る。一歩遅かった。

「随分と君も偉くなったものだね」

 記憶に残る限り、約束の時間に遅れたことなどない。背筋がゾッと寒くなった。

「踵を上げろ」

「はっ!」

 命令を受け、反射的に足の裏が浮く。

「もっと高く。もっとだ」

 言われるがまま踵を上げた結果、今や完全に爪先立ちになった。

「結構。伝令が終わるまでそのままでいるように」

 サラリと言い捨て、上官は連絡事項を伝え始めた。

 忙しい朝のことだ。通常ならば五分ほとで伝令は終わる。だが、この五分間が今日はたまらなく長い。

 子供のように罰を受ける自分に、同僚たちは一体どんな目を向けているだろう。侮蔑か、はたまた同情か。いずれにせよ彼らの顔を見ることなど到底出来なかった。これならば殴られたほうが遥かにマシだ。

「以上、解散」

 号令を皮切りに、各々が持ち場へと散った。

「少しは頭が冷えたか」

「申し訳ございませんでした」

 身を切るような視線を受け、タリウスは深々と頭を垂れる。身体中が羞恥で満ちあふれ、沸騰寸前だった。

「教官である君がこんなことでは示しがつかない。もう少し地に足を付け仕事をしろ」

「申し訳ございません!」

 教え子たちも行く行くは士官となり、国へ仕える。そうなったときに、彼らがまず手本にするのは、他でもなく自分たち教官である。常に模範となって然り、そこには寸分の乱れもあってはならない。

「これ以降、君は訓練に遅れてきた者に対し、己の責を正しく果たせるのか。いつものように叱れるか」

「………いいえ」

 そこで、ようやく上官の怒りの真意を知る。

「申し訳ございません。今後はこのようなことがないよう気を引き締めます」

「今日のことを戒めにはしろ。だが、引きずるな。己の後ろ暗さから彼らを甘やかそうものなら、貴様をゆるさない」

 行け、そう追い立てられ、彼はホールを後にした。

 個人の事情など何もならなず、規律を乱せば罰せられる。長きにわたり、ここではそうして回してきたのだ。僅かな油断がこれまで作り上げた世界を一瞬にして崩壊させる。自分はもうあの頃の予科生ではない。出来て当たり前、教え子に向けた台詞がこだまのように自分へ返ってきた。


 了 2011.4.5 「戒め」