ある日の朝、夢と現を行ったり来たりしていると、突如怪獣の子供に圧し掛かられた。

「お兄ちゃん!ねえお兄ちゃんってば」

 自分を呼ぶ幼い声に、タリウスは重い瞼を上げる。

「おはよう、お兄ちゃん」

「おはよう…。何故、俺の上にいるんだ?」

 弟は無邪気な笑みを浮かべ、毛布の上から自分に乗っかっていた。

「朝だから起こしてあげたの」

「そうか、それはどうも」

 手探りで時計を引き寄せふたをあける。見れば時計の針はいつもに比べ一時間早い時刻
を指していた。

「約束、覚えているでしょう」

「約束?………ああ、今日は一日、お前と遊ぶ約束だったな」

 たまの休日である。一緒に過ごそうと前から決めていた。

「良かった!だったら早く起きて」

 目を輝かせて嬉しがる弟に、もう一時間寝かせろとはとても言えない。

 それにしても、小さな弟は何故こんなにも自分に懐くのだろう。遊ぶと言っても、何か
特別なことをしてやるわけではない。弟の遊びにただひたすら付き合うだけだ。

「わかった。だが、シェール。次からはもう少し、やさしく起こしてくれ」

 弟は一瞬きょとんとした後、わかったと言って退いてくれた。

 のんびりと身仕度を済ませたが、それでも朝食にはいくらか時間があった。折角早起き
をしたというのに、このまま部屋で時間をつぶすのでは勿体ない。

「散歩にでも行くか?」

 思い付いてそう提案すると、シェールはぴょんぴょん飛び跳ねた。

 シェールと手をつなぎ、ゆっくりと石畳を歩いた。いつもは足早に通り過ぎるこの道も、
今日は何だか違って見える。

「そんなに急いでどこへ行こうと言うの?」

 思い返せば、それは初めてエレインが自分に向けた言葉だった。

 その当時、彼は判で押したような毎日をがむしゃらに生きていた。別段これといった
目標があったわけではない。ただ立ち止まることが出来なかった。

 彼にとって、奔放な女性士官はまるで理解不能だった。その突飛な言動と、予測不能
の行動は、彼を苛立たせ、ときに頭痛の種にさえなった。しかし、どんなに彼がつれなく
とも、変わらず自分に笑い掛けるその姿に、いつしか雪解けが訪れた。彼女は、まるで
陽だまりのようだった。

「お兄ちゃん?」

 不思議そうに自分を見上げるのは、瞼の裏の旧友にそっくりな瞳。

「うん?」

「何を考えていたの?」

「エレインのこと」

「ママ?」

 よほど意外だったのか、単に気になるのか、はたまたその両方か。シェールは、何でど
うしてと食いつく。

「昔、エレインにたまにはのんびり歩いたらと言われてね。なるほど、それも悪くないと思っ
た」

 実際、エレインとは他愛のない話をしながらよく一緒に歩いた。大概は身のない話だった
が、時には、直接的ではないにしろ、アドバイスめいたものをくれることもあった。

「お兄ちゃんはママが好き?」

「好きだよ」

 屈託のない笑顔を向けられ、自分でも驚くほどさらりと言ってのけた。弟は自分もだと言っ
て笑う。穏やかな光の中、弟とふたり過ごすこの時間が、タリウスには何とも心地良い。