昼食の後、兄弟は仲良く昼寝をしていた。この日はタリウスの仕事が休みで、朝からふたり
して駆け回って遊んでいたのだ。そのため、流石に疲れ知らずのシェールも小休止していた。

「寝ちゃったんだ…」

 先に目を覚ました弟は、欠伸をひとつして起き上がった。すぐ隣りでは、兄が未だ寝息を立て
ている。

「ねえねえ」

 タリウスの頬を突っ突く。いつもは忙しい兄にたくさん構ってもらえる貴重な休日である。こうし
ている時間が勿体ないと思った。だが、そんな小さな指を兄は無意識に振り払う。

「あ…」

 そのとき、シェールの脳裏に何かがひらめく。彼はそっとベッドから下りて、ガサゴソと自分の
荷物を漁った。そして、手にして戻ったのは桃色のクレヨン。

「うふふふ」

 あどけない瞳とゆるみっ放しの口元でそーっと、そーっと兄へ近付く。厳めしい兄をどんなふう
に変身させようか。

「っ!?」

 ところが、一瞬にしてその表情が凍り付く。

「何をしている」

 クレヨンが顔に付くか付かないかのところで、眠っている筈の兄がパチリと目を開けた。

「えーと、んーと」

 シェールの目が泳ぎ、弁明する声も裏返る。

「これは?」

 クレヨンを持った手首をタリウスがガシッと掴む。

「お絵描き、しようと思ってたの」

「ほう。どこに?」

「か、紙。紙に描こうと思った」

「その紙はどこだ」

 そこでついに投了する。

「シェール!」

 タリウスが雷を落とし、身体を起こす。その声にシェールは首をすくめた。

「でも、まだ描いてないよ?」

「つまり、このまま俺が気付かずに眠っていたら、描いてくれたということだな」

「あー」

 あまりに動揺して、つい言わなくても良いことまで言ってしまう。

「この悪戯っ子が」

 さて、この命知らずの弟をどうやって懲らしめてやろう。タリウスは弟の手からひょいと
クレヨンを取り上げた。弟は呆然とそれを見詰める。

「同じ目に遭わせてやろうか」

「やーだ!」

 クレヨンを手に自分へ近付いて来る兄に、シェールはイヤイヤと懸命に首を振った。

「自分がされて嫌なことをひとにするんじゃない」

「ごめんなさい」

 一喝され、弟はしゅんとなった。タリウスはクレヨンを棚の上へ置く。

「悪戯をすればこうなるって、わかりそうなものだがな」

 胡座を組んだ足の上へ、シェールを俯せにする。そのままお尻を剥いて、ぽんぽんと軽く
はたく。

「いくつぶたれたら反省出来る?」

「三つ」

「よし。じゃあ三つだ」

 言いながら、三つの根拠は何だろうと考えた。てっきり要らないとかひとつとか言うと思った。
一応は悪いと思っているらしい。

 パシン!

「あぅ」

 パシン!

「う」

 パシーン!

「いたっ!」

 約束通り三回叩いて解放する。シェールは涙目で自分を見上げて来た。

「さあ、目も覚めたことだし、出掛けようか」

「あ、うん」

 こういうとき、兄は引きずらない。悪戯をしたから今日はもう遊ばないとは言わないのだ。

「まったく、油断も隙もないな」

 あのとき、クレヨンを手にした弟が見えていたわけではなかった。ただ仕事柄、眠っていて
も妙な殺気は感じとることが出来る。もしあのまま顔に落書きをされていたら、果たして平生
を保っていられただろうか。

 そう思って弟を見ると、無垢な瞳と目が合った。恐らく、なんだかんだで最後には許すのだろ
うとなんとなく思った。もちろん、そのとき弟のお尻の腫れ具合は今の比ではないだろうが。


 了