「そいつが気に入ったのか」
テイラー=エヴァンズは、机の上に並べられた武具の中から、長剣を一本手に取り、しげしげと眺めていた。
「はい。手に馴染むって言うか、何て言うか、まるで吸い付くみたいで…」
「相性が良いのだろう。構わないから持っていくと良い」
「でも、せんせい。本当にいただいてしまって良いんですか?こんな良いものを俺なんかが…」
「古道具屋に持っていったところで、どうせ二束三文だ。ならば、縁のある人間に使ってもらったほうが良い」
タリウスは幼い頃から剣に親しみ、成人してからはそれを生業にしてきた。剣術はもちろん、剣そのものについても目がなかった。
宿屋暮らしをしていた頃には極力荷物を増やさないよう買い物を控えていたが、その反動か、居を構えてからは随分と新しい武器を買いそろえた。だが、これからまた旅に身を置くこととなった今、必要最低限の装備以外は手放すことにしたのだった。
「ありがとうございます、先生。大切にします」
テイラーは深々と頭を下げた。顔を上げてからも言いたいことがたくさんあった筈だが、続く言葉が出てこない。
「どうした」
「なんか、まだ信じられないって言うか」
「辛気臭い顔をするな。これではまるで、形見分けでもしているようだ」
「かたっ…!やめてください、縁起でもない」
「エヴァンズ、誤解のないよう言っておくが、俺は別にクビになったわけではない」
「わかってます!そんなこと。先生に限って、そんなこと、あるわけないじゃないですか!先生が中央士官を辞めたら、きっとぐずぐずになります」
いきり立つ若者をなだめるために言ったことだが、むしろ逆効果だったらしい。
「お前が思っている程、俺は出来た人間ではない。知ってのとおり、俺も中央の出だ。母校がぐずぐずになっていく過程を見たくはない」
「せんせい」
「それでも、己に出来ることはすべてしてきたつもりだ。俺が手掛けた者たちは、程度の差こそあれ、皆一級品として送り出したと自負している」
そう語る師は、言葉では形容出来ないほど神々しかった。
「そんなこと言われたら、泣いちゃうじゃないですか。卒校のときだって、我慢したのに」
「あのときのは嬉し泣きだろう」
「相変わらず手厳しいっすね」
堪えきれず、テイラーは目頭に手をやった。そんな教え子を見て、本能的に身体が動いた。
「せんせ?!」
タリウスはおもむろにテイラーの背中に手を回すと、トントンと軽く叩いた。
「誰かを泣かす度、本当はこうしたかった」
これまで見たことのない穏やかな表情を見るにつけ、テイラーは悟った。師はもはや師であることを止めたのだ。それがわかった途端、涙が止めどなく溢れた。テイラーは我を忘れて、師にしがみついた。
「もっとも、泣き顔を見て清々したこともあるが」
こちらもまた本音なのだろう。テイラーはずっこけそうになりながら、師の身体から手を離した。
「って、むしろそっちのが多いんじゃないんですか」
「どうだろうな。まあ、お前やダルトンに限っては、そうだろうよ」
「えーと、その節は数々のご無礼失礼しました」
かつて、級友とともにやらかした悪行を思うと、チクリ胸が痛んだ。指導記録窃盗未遂事件の逸話は、未だに後輩の間で語り続けられている。
「何、お前たちなど可愛いものだ」
師は微笑した。封印はゆるやかに解かれたようである。
了 2022.2.5 「封印」