「お出かけですか?」

 玄関を出たところで、ふいに背中から声を掛けられた。

「私もご一緒してよろしいでしょうか」

「もちろん。むしろ、助かりました」

 不思議そうに首を傾げるユリアにタリウスが先を続ける。

「シェールに本をねだられましてね。実は全然わからなくて、どうしようかと思っていたと
ころです」

「それでしたら、少しはお役に立てるかもしれませんね」

 クスリと笑い、タリウスの隣りを並んで歩き出した。

「でも、シェールくんはいっぱい絵本を持っていますよね。あれはどなたが?」

「私が買い与えたものです。ただ、いつもは本人が自分で選んでいますから」

「シェールくん、お加減はどうですか」

 ここ二日ばかり、小さな隣人を目にしていない。彼はといえば、夏風邪をこじらせて寝込
んでいた。

「もう殆ど熱もないですし、大丈夫だとは思いますが。治った途端にまたあちこち動きまわ
るでしょうから、一応明日の朝まではベッドにいるよう言っています」

「ずっとベッドの上では、さぞや退屈でしょうに」

「退屈過ぎて、今だって大人しくしているかどうか、怪しいものです。大方今日は怒られな
いと高を括っているのでしょう」

 弱った弟に強い言葉を掛けるのは気が引けて、結果としてすっかり舐められた格好になっ
た。それでも、熱に侵され、苦しそうにしていられるよりはずっと良かった。だからこそ、こう
して弟の使いに出たのだ。


「これとこれは持っていましたよね」

 本屋に着くなり、ふたりして児童書の棚へ向かった。そして、ユリアがテキパキと絵本を選
り分けていく。

「よくわかりますね」

 言われてみれば確かに見覚えがあるような気もするが、その隣りのだと言われればそん
な気もする。正直なところ、見分けが付かなかった。

「ええ。何度も一緒に読みましたから」

「それはまた、すみません」

「好きでしていることです。ああ、このくらいの本でももう良いかもしれませんね」

 言いながら、手近にある一冊を手に取り、パラパラとめくった。それはいつも弟が読んで
いるものよりか若干文字が小さく、厚みもあった。

「見たところ、オバケも雷さまも出てきませんし。ああ、それから…透明人間もいなさそうで
すよ」

 一瞬の沈黙の後、タリウスは大きく目をしばたく。

「それにしよう」

 口元を緩め、ユリアから絵本を受け取る。そのまま会計を済まし、店を出たところで改め
てユリアに礼を言った。

「いえいえ、大したことはしていません」

「今日に限ったことではなくて。いつもシェールの相手をしていただいて、本当に感謝してい
ます」

「子供が、特にシェールくんが好きなんですよ」

 ユリアはパタパタと手を振りながら笑うばかりだった。

「これからどこへ?」

 一緒に商店へ来たがったということは、彼女も何か買い物があるのだと思った。

「この先を入ったところです。と言っても、今日のところは冷やかしですけど」

 言葉どおり通りを一本入ると、細い路地に出た。目当ての店はそんな中にひっそりと佇ん
でいた。

「あれ、たまたま見付けて一目惚れしたんですけど、なんせお値段が可愛くなくて」

 そう言いながら、彼女が指差したのは、蝶の形をした装身具のようだった。一点物らしく、
隣りには別の形をした飾りがいくつか置かれていた。

 恒常的に収入を得ているとはいえ、やはりそれなりに出費もかさみ、彼女はほぼその日暮
らしのような生活を送っていた。蝶の飾りについた値札を見るに付けて、決して手の出せな
い金額ではなかったが、そうかと言っておいそれと買えるわけでもなかった。

 ひとまずまだあることを確認し、用は済んだとばかりに彼女は踵を返した。

「良かったら、私から差し上げますよ」

「え?!」

 予期せぬ申し出に、ユリアが固まる。

「そ、そんなのだめです。申し訳なさ過ぎです」

「構いませんよ。日頃のお礼とでも思っていただければ。もちろん、ご迷惑でなければ」

 たとえ善意から出た行為であっても、結果的に相手を困らせるようなことはしたくなかった。

「そんなこと!嬉しいに、決まっています!!」

 半ばむきになって応え、直後にハッとなる。これでは欲しいと言っているも同じである。

「そうではなくって。あ。もちろん嬉しいは嬉しいのですけど、ねだるつもりはなくてですね」

 あわあわと取り繕うとするユリアがなんとも可笑しい。

「う?」

 大きな手が彼女の髪を触る。驚いて顔を上げると、鏡越しに蝶の飾りをつけた自分と目が
合った。

「なんというか、あなたはとても素直な方…ですね。見ていて面白い」

 やたらと愉快そうな声に後ろを振り返れば、タリウスが堪え切れずに笑っていた。

「そんなに笑わないでくださいな」

 言いながら、彼女自身もケラケラと笑った。なんだか心が満たされていくのは、予期せぬ
贈り物を得たからだけではなさそうである。


 了