よく晴れた日のこと、タリウスが窓の外へ注意を向けると、宿屋の女将とシェールが
連立って歩いて来るのが見えた。なんとなしに嫌な予感がした。彼は何かに誘われる
ように階下へ向った。

「ああ、タリウスさん。ちょうど良かった」

 玄関から入って来た二人をタリウスが出迎える形になる。シェールに視線をやると、
明らかに強張った表情を見せた。

「何かありましたか」

「いえね、買い物の帰りに橋のところを通ったんだけど、そしたら坊ちゃんがいるのが
見えてね」

「川に、ですか」

 タリウスの声音が変わる。シェールは絶望的な気持ちになった。普段からひとりで水
辺に近付いてはならないと、厳しく言われていた。

「そうなのよ。いくら流れが緩やかだといっても、ここんとこの雨降りで増水してたから。
それで、小母ちゃん心配になってちょっとお節介焼いちゃったのよね」

 一瞬にして場の空気が変わったことを、女将は察する。説明しながらどこか逃げ腰
だった。

「とんでもない。わざわざありがとうございました」

「ああ、いいのいいの」

 タリウスの言葉が終わらないうちに、女将は適当に返事を返しそそくさと奥へ引っ込
んでいった。残された兄弟を何とも言えない緊張感が包む。

「ひとりで川に行ってはいけないとあれほど言っただろう!何故約束を破った!」

 怒りを抑えず、タリウスは思い切り怒鳴り付ける。既にシェールは涙目である。

「ごめんなさい…」

 それだけ言うのがやっとだった。

「お前のごめんなさいは聞き飽きた。今日という今日は絶対に許さん。来なさい!」

 タリウスは弟の腕を乱暴に取ると、無理矢理に歩かせる。シェールは驚いて抵抗し
ようとするが、力では敵わない。成すがまま兄の背中を追った。

 食堂に入ると、タリウスは手近な椅子を引きそこに腰を下ろした。そして、自分の膝
へシェールを引き倒す。その異様な光景にその場に居合わせた者たちが好奇の目
を向ける。

 しかし、ためらうことなく彼は弟のウエストに手を掛けると、ズボンと下着を一気に下
ろした。

「嫌だ!お兄ちゃん、やめて!ここでぶたないで」

 これまで何度かお仕置きを受けたことはあるが、流石に人前でお尻をむき出しにされ
たことはない。シェールは必死になってもがいたが、がっしりと背中を押さえ付けられ、
どうにも逃げ出せなかった。

「痛いっ!」
 
 そうこうしているうちに、お仕置きが始まる。一打一打かなりの力で叩いていくため、
小さなお尻はすぐさま赤く染まった。

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 もはや兄の許しを得るほか、この痛みと恐怖から逃れる術はない。シェールは泣きな
がら、懸命に謝罪の言葉を繰り返した。だが、平手の雨は一向に止む気配がない。

 それどころか、先程からシェールが何を言ってもタリウスは一切取り合わない。もちろ
ん彼とて言いたいことは山のようにあったが、いかんせん言葉にならなかった。

「いや!痛ぁい」

 お尻がまんべんなく赤く染まったところで、今度は足の付け根あたりを叩く。これに
は堪らず、シェールは火の点いたように泣きわめいた。

「痛いっ!痛い!」

「うるさい!痛い目に遭わせないとお前はわからないのだろう」

 容赦ない叱責。その後も叩く場所を変えつつ、小さなお尻を真っ赤に染め上げていった。

「あう、ごめ…なさっ…」

「約束を破って、危ないことをして、ごめんなさいで済むと思うな。いいか、お前は一番
してはいけないことをしたんだ。それがわかるまでは、やめないからな」

 きつい平手打ちを食らいながら、シェールは必死になって考える。

「やくそく、やぶった、から?」

「違う」

「川で、あそんだっ、から?」

「何故川で遊んではいけない?」

「危ないことだから」

「何で危ないことをしたらいけないんだ?」

 頭が真っ白になる。折角まとまりかけた思考も、お尻を叩く大きな音と猛烈な痛みに
よって寸断されてしまう。

「何のために危険なことを禁じていると思っているんだ!何故だ!」

「い…いのちに関わるから。自分の命を大切にしなさいって、言われてたのに、僕は…」

 そこで初めて自分のしでかしたことの本意を知る。新たな涙が頬を伝った。そして、
お仕置きする手が止んだ。

「ようやく、わかってくれたな」

 上辺だけの謝罪など何もならない。欲しいのは、心からの反省だった。

「ごめんなさい、本当にごめんなさっ。もう、二度と、しません」

「よし、もう良い」

 タリウスは泣きじゃくる弟の着衣を直し、膝から下ろした。

 こうして、やっとの思いでシェールは解放された。彼は痛むお尻を擦りながら、ぐず
ぐずと泣いた。その肩が小刻みに震えていた。

「シェール」

 ふいに自分へ向けられたやさしい声に、彼は顔を上げた。

「少しは懲りたか?」

 弟に視線をやると、タリウスは苦笑した。もう怒っていないという意思表示だ。

「ごめんな…さい」

 涙がぽろぽろこぼれてくる。思わずタリウスに抱き付かずにはいられなかった。

「痛かったな。でも、どうしてもお前にわかって欲しかったんだよ」

 弟を抱き寄せ、髪を撫でる。堪らず、シェールは声をあげて泣いた。そんな弟をタリ
ウスは無言で抱き締める。

 どのくらいそうしていただろうか。

「部屋へ戻ろうか」

 シェールが落ち着くのを見計らって声を掛ける。しかし、嫌だとばかりに彼は兄に抱
き付く手を強めた。

「しょうがないな。ほら、よっこいせ」

 お仕置きの途中から、ギャラリーは姿を消した。いつまでも食堂を占領するわけには
いかず、タリウスは弟を抱えたまま立ち上がった。

 一方、シェールは予想外の展開に驚いた。こんなふうに抱き上げられることは滅多に
ない。たくましい腕の中で、自分が守ら
れているのを全身で感じた。

 部屋へ着くと、シェールをベッドの上へ下ろす。

「いたっ」

 お尻がシーツに触れた瞬間、シェールは顔をしかめた。

「はい、うつぶせになって」

 タリウスはタオルを手に取り、洗面器に浸す。そして、堅く水を絞ると、こちらへ戻っ
て来る。

「これでいくらかマシになるだろう」

 シェールのお尻にタオルを乗せる。見れば、小さなお尻は熱を帯び、所々痣になって
いた。どうにもやり過ぎた感が否めなかった。

「二三日は痛むかもしれないが、それだけのことをしたと思いなさい」

 しかし、シェールにそれを気取られるわけにはいかない。言って、涙の残った頬をそっ
と撫でた。

「ん?どうした?」

 タリウスの手を小さな手が取った。

「痛い?」
 
 確かに彼の掌もまた、赤く熱を持っていた。痛くないと言えば嘘になる。

「まあな」

 タリウスが適当に返すと、途端にシェールの顔が曇る。

「良いんだよ、そんな顔しなくて。どう考えたってお前のほうが痛いんだから。まあ、お前の
そういうところが、兄ちゃんは大好きなんだけどね」

 このお人好しの弟のことが、タリウスにはいつもに増して可愛く思えた。




 了 2010.10.11 「反省心」