「付いてくるなよ」

「違います。僕もこっちなんです」

「嘘つけ」

「嘘じゃな…」

 言い掛けて、シェールは言葉を切った。繁華街から一本入ったこの先の区画は、立入禁止だ。別段、道にそう記されているわけではないが、ここから先の裏路地には絶対に立ち入ってはならないという鉄のルールが我が家にはある。

「ここを通るの?」

「何か文句あるのか」

「ないけど、でもこの先は、何て言うか、あんまり安全じゃないって言うか、その…」

「治安が悪い、だろう?」

「うん」

「治安なんていいんだよ、悪くて。その分、地代でも何でも安いんだ」

 不安そうに周囲を窺うシェールにかまわず、デュークは薄暗い路地を進んだ。シェールは少しだけ躊躇したが、結局は成り行き任せに兄弟子の後に続いた。ここで引き返すのは何だか癪だった。

「ここに住んでるんですか?」

「いや、でも仕事はしてる」

「仕事?」

「荷物運びをしてる。ほら、そこの家だ」

 デュークの指さすほうには確かに建物があるが、それは家というにはあまりに粗末で、荒(あば)ら家と言っても差し支えない体だ。すぐ近くには馬車が横付けされており、見るからに柄の悪そうな男が足を投げ出して御者席に座っている。男はデュークを見ると、言葉を発する代わりに目でこちらに来るよう合図した。

「この積み荷を馬車に運べば良いんですよね。手伝います」

「は?何でだよ。良いって」

「良くないです。さっき、シモンズ先生のところで、二回目にお仕置きされたの、あれ僕が話し掛けたせいだもん」

「その後、シェールだってお仕置きされただろう」

「うん。だから、このお尻で重いもの運ぶのがどんだけ大変かわかってます」

 言い終えると、シェールは呼吸を整え、荷物のひとつを持ち上げた。

「それに、前にもやったことがあるんですよね、こういうこと」

「荷物運びを?シェールが?」

「ちょっといろいろあって、お菓子屋さんで働かせてもらってたときに、お菓子の入った箱を運んでいました。そのときの親方が、もうめちゃくちゃ厳しい人で、失敗するとベルトでぶたれるし、お菓子は重いしで、なんか急に思い出しちゃいました」

 ついでに、あのときはこの近辺で宝探しをしていて、誘拐されたのだ。思い出したら、背中がすっと寒くなった。

「良い子ちゃんのシェールも人並みに苦労してるんだな」

「どうだろう。苦労なんて、人と比べるものじゃないって思いますけど。でも、一個だけどうしても言いたいことがあって」

 シェールは、馬車に積み荷を乗せ終えると、デュークに向き直った。

「な、なんだよ」

 デュークもまた荷物を下ろし、身構えるのが分かった。

「確かに僕には新しい家族が出来たし、 みんな大事で、大好きですけど。それでも、時々本当のママに会えたらなって思います。絶対無理だってわかってるけど、でもでも無性に会いたくなる」

「それがなんだよ」

「デュークは毎日家に帰ったら、お父さんにもお母さんにも会えますよね。それって、僕にとってはすっごい羨ましいことで。だから、これ以上誰かがいなくなったり、傷ついたりするのは御免だから。だから強くなりたいんです」

「それなら尚更、何で剣術をやめるなんて言うんだよ」

「やめないです。負けるつもりなんてないし、それに万が一の時には、弓術でも習えばいいだけだし。いざとなったら、投げナイフだって極めれば闘えるかもしれない」

「言ってること無茶苦茶なの、わかってんのか?まあ、言いたいことは、何となくはわかったけど」

 それきり二人は言葉を交わすことなく、黙々と荷物を運んだ。

「よし、これで最後だ」

 積み荷をすべて運び終わり、デュークは袖で汗を拭った。

「ねえ、デューク。これって何が入ってるの?」

 シェールは一息つくと、先程からあった疑問を小声で聞いた。もちろん、馬車の男がこちらを見ていないのは確認した上でだ。

「知らないほうが身のためだ」

「え?それ、どういうこと?」

「うるさいな。そういうことだよ。それより、シェール。さっきの話、受けてやるよ」

「さっきって、何でしたっけ?」

「だから、決闘。受けてやるよ」

「え?」