「ただいま」

 ある夕刻のことだ。タリウスが仕事から帰ると、暗がりに人の気配を感じた。

「シェール?稽古に行ったんじゃないのか」

「うん」

 目をこらすと、息子はこちらに背を向けたまま、短く返事を寄越した。これでは肯定なのか否定なのかわからない。

「ねえ、とうさん。ハモンって何?」

「破門?何だ、藪から棒に」

「おねえちゃんに聞いたら、水面がなんとか言ってたんだけど」

「波紋のほうか?一体どこでそんな言葉…」

 そこまで言って、タリウスの中である可能性が浮上する。それこそが、稽古の日にも関わらず、息子が灯りも点けずに在宅している理由だと思った。

「まさかお前…シモンズ先生に?」

 暗がりに息子の影が揺れる。

「何故だ!何をやった?!」

「稽古場で喧嘩。それも、持ってた模擬剣で滅多打ちにした」

「お前…」

 咄嗟にシェールの肩を掴むと、息子もまたこちらに向き直り、身を乗り出してきた。

「お前から仕掛けたのか」

「しょうがなかったんだ!だって、相手が…」

「そんなことは関係ない」

「関係ないって…」

「お前のことだ。それ相応の理由があってのことだろうが、そういう話ではない。稽古に私情を持ち込み、挙げ句、剣を喧嘩の道具に使うなど、言語道断だ」

 だってもへちまもない。一気に捲し立てると、シェールは黙した。大方返す言葉が見付からないのだろう。

「良いか、シェール。破門と言うのは首のことだ。金輪際、シモンズ先生はお前を指導なさらない」

「やっぱり。なんとなく、そうじゃないかって思ってた」

 シェールは項垂れたまま、力なく呟いた。

「何を呑気なことを。今すぐシモンズ先生に謝りに行け。それから、破門を解いてもらうようお願いするんだ」

「そんなことが出来るの?」

「出来るかどうかわからないが、やるしかない。ともかく非礼を詫びて来い」

「でも、僕間違ってない」

「何?」

「もし過去に戻れたとしても、絶対また同じことするって思う」

 先程とは異なり、息子の言葉には力がある。どうやら一筋縄にはいかない案件のようだ。タリウスは一旦部屋の隅に移動し、灯りを点けた。

「自分が何を言っているかわかっているのか」

「わかってる。もう先生に剣をみてもらえないってことも、ちゃんとわかってるよ」

 タリウスが自分のベッドに座り直し、改めて問うと、シェールは迷うことなく言い切った。

「シェール、一体どうしたんだ。何を言われた?」

 息子は普段から温厚で、お人好しな面が先に立つが、それでも怒るときは怒る。察するに、何某かの尊厳が傷つけられたのだろう。

「言いたくない」

「わかった。だが、二度と剣に触れるな」

「なんでそうなるの?!」

「当たり前だろう。絶対にしてはいけないことをしたんだ」

 剣そのものは勿論のこと、剣術を喧嘩の道具にしてはならない。このことは剣を志す者にとって鉄則で、血の気の多い士官候補生ですら、揉め事の際にはまず模擬剣を放り出すよう教え込まれている。そういう意味では、息子の師が下した罰は妥当と言える。

「そうだけど、何でとうさんが…」

「父親として言っているのではない。俺も剣士だ。喧嘩に剣を持ち出すようでは、それはもうごろつきだ」

「そんなんじゃない!」

「理由がどうであれ、そのことを正当化するような奴に剣を握る資格はない」

 いきり立つシェールを横目に、タリウスは立ち上がった。このままでは遅かれ早かれ、掴み合いに発展することは目に見えている。力で捩じ伏せるのでは、解決出来ないどころか本末転倒であろう。

「そんな…」

「頭を冷やせ」

 冷たく言い放ち、タリウスは部屋を後にした。取り急ぎやるべきことがある。