週番に監視を言い付け、教官がホールから立ち去った。そうして長靴の音が完全に聞こえなくなると、辺りは騒然とした。

「ふざけんなよ!何だってオレたちまで外禁になんなきゃならないんだ」

「大人しく消灯まで立ってりゃそれで済んだのに、お前のせいで貴重な休みがなくなったんだぞ!」

「そうだよ!どうしてくれるんだ!」

 口々にザッカリーを罵るが、教官とその息の掛かった週番を警戒し、その場から動くものはいない。そして、当のザッカリーは何を言われようとも、直立不動で前だけを見詰めていた。

「てめえ、いつまですかしてるつもりだ!!」

 だが、少年のひとりが堪えきれずに、ザッカリーの前に躍り出た。

「迷惑なんだよ、お前のその変な正義感」

「何?」

 胸ぐらを捕まれ、ザッカリーが短く発した。他の者は未だ理性が残っていると見え、視線だけを二人に向けた。

「無意味なんだよ。お前のやることなすことみんな」

「なら、このまま卒校まで、ずっと囚人でい続けるのか」

「しゅ…!!」

 少年は逆上し、ザッカリーの胸ぐらを掴んだまま、反対側の手を大きく振り上げた。

「ザックが悪いんじゃない」

 だが、その手が振り下ろされる瞬間、ごく小さな、聞き取りづらい声が割って入った。

「は?」

「悪いのはみんなオニじゃないか」

 シリルである。まるで独り言でも言うように、シリルはボソボソと口の中で呟き続けた。

「私語をしただけで寝る前の自由時間を奪ったのも、些細なことでみんなまとめて外禁にしたのも全部オニだ」

「お前はこいつの肩をもつのか」

 少年はザッカリーから手を離し、今度はシリルに詰め寄った。

「この上、喧嘩になれば次は懲罰だ。それもきっと、みんなまとめて」

 シリルは問い掛けには答えず、相変わらずの調子で喋り続けた。

「戻れ、カーティス。こいつの言うとおりだ。もう関わらないほうが良い」

 友人の一言にカーティスは不承不承拳を納めた。

「鬼退治がしたいなら、てめえひとりでやれよ」

 去り際にカーティスが毒づき、シリルとザッカリー以外の皆が笑った。


 教官の宣告どおり、週末は予科生全員が外出を禁じられた。当直勤務に当たっていたタリウスは、その時間を成績の伸び悩んでいる弓術の補習に充てた。

 補習に参加するかどうかは各個人に任せられたが、暇をもて余した予科生たちは、こぞって演習場に姿を見せた。どんなに身体を酷使しようと、ある程度身体を休めた後は、また身体を動かしたくなるから不思議である。

 それから補習自体は順調に進み、あとは用具を片付けて終わりという段になって、事件は起きた。

「どういうことだ。何故矢の数が合わない」

「どうしてと言われましても…」

 教官に詰問され、少年は答えに窮した。しどろもどろになりながら、手元の矢に何度も視線を落とした。

「きちんと数えたのか」

「その…つもりですが…」

「つもりとは何だ。今すぐ数え直せ。ミラー、コリンズ。お前たちは矢の拾い残しがないか、演習林を見てこい」

「そんな遠くにまで飛ばしていません。まずは数え直して、それも合わなかったら、そのとき捜しに行けば…」

「黙れ!」

 不合理だと主張するザッカリーをタリウスが叱りつける。

「弓矢は武器だ。一分一秒発見が遅れてはならない。駆け足!」

 教官の号令に、ザッカリーが渋々走り出し、後からシリルが続いた。

「やっぱり監獄じゃないか。四方を塀に囲まれ、辞めるか卒校するまで自由がない。不合理なことばかりさせる教官は、さしづめ看守だ」

 ザッカリーは走りながら、苛立った声を上げた。シリルはと言えば、そんなザッカリーを横目で見ていた。

 二人は鬱蒼とした林の奥へ分け入るも、捜し物は一向に見付からなかった。たが、ザッカリーは立ち止まることなく、更に奥へと進んだ。

「ザック、一体どこまで行くつもり?」

「塀までだ」

「何もそんな遠くまでいかなくても、こんな奥に矢なんかあるわけない」

「良いんだよ」

 ザッカリーは脇目も振らず、演習林の端を目指した。そうして敷地の際まで来ると、目前にそびえ立つ外壁を憎々しげに見上げた。