「と、いうことがありまして」
一通り話終えると、ユリアは向かいに座っているタリウスを仰ぎ見た。彼はユリアの話を聞きながら、時折彼女を慈しむような表情を見せた。それ故、少なくとも怒っていないことだけは確かである。
だが、こうも大それたことをした自分に対し、一体彼が何と言うか、ユリアは表向きは平生を装いながら、内心ヒヤヒヤしていた。
「流石にひきました?」
一向に言葉を発しない想い人に、ユリアは業を煮やした。
「いいえ」
「では、嫌になりました?」
「いいえ。不甲斐ないと思いました」
言っていることの意味がわからず、ユリアは黙ってタリウスを窺った。
「あなたの事情は知っていた筈なのに、呑気に構えていて申し訳なかった。やるべきことや考えるべきことにかこつけて、つい結婚を後回しに。ユリア、悪かった」
どう考えても自分の身勝手だと言うのに、この想い人ときたら、自らの非だと言って頭を下げたのだ。
「あ、謝らないでください。私、どうしても今回の話を逃したくなくて、それで…」
「お陰で今日一日、気が気ではなかったのでは?」
「ええ、またしても、シェールくんの気持ちがよくわかりました」
「それは良かった」
げんなりするユリアを横目に、タリウスはどこか楽しそうだ。
「これからも、あいつの良き理解者でいてもらえますか」
「ええ、それはもちろん」
「今後、あいつとは益々ぶつかることが増えると思います。もしあなたがシェールの味方についてくれるなら、こちらとしても遠慮なくやれる」
「それは構いませんが、どうかほどほどにしてくださいな」
幸か不幸か、彼の本気を見たことがある自分としては、それがどれほどの被害を生むか知っていた。無駄なあがきとわかっていても、一応釘は刺しておきたかった。
「心得た」
タリウスは笑った。
「ところで、一応伝えておきますが、この時間はまだシェールが起きています。先程の会話は恐らくすべて…」
「え?!そんなまさか?!本当ですか!」
ユリアは、素頓狂な声をあげながら、目をぱちくりさせた。考えるまでもなく、廊下であれほどの声をあげたのだ。たとえ寝ていたとしても、起きて然りである。
「まあ、隠すようなことではありませんし、説明する手間が省けたとでも思えば…」
そうは言うものの、タリウスも気まずさを隠せない。
「ご、ご、ごめんなさい!!」
「ユリア」
羞恥に染まるユリアの頬に手を掛け、そっと自分のほうに引き寄せる。
「落ち着いたら、きちんと結婚を申し込むつもりだったのですが」
こうなった以上は仕方がない。
「一生、大切にする」
慈愛に満ちた囁き声に、ユリアは益々身体を上気させた。再度二輪に戻ったマーガレットの花が、コップの中で仲良く揺れていた。
了 2021.2.27 「マーガレットの祝福」