「先生の経歴書と推薦状は一通り拝見いたしました。特に推薦状は、先生がどれほど有能で熱意に溢れた方か、まるで手に取るようでしたわ。素晴らしいキャリアをおもちなのね」

「恐縮です」

 ユリアは得意の営業スマイルを浮かべながらも、内心、その推薦状なるものに、誰が何を書いたのか、気になって仕方がなかった。それは元上司が過分とも言える退職金と共に、去り際に握らせてくれたものだった。

「先生のことは、前向きに検討させていただきます。ここだけの話、若い先生は続かないことが多くて。最近では、折角教師になったというのに、一年経たずに辞めてしまうことも少なくないのです。それは何も、当校の労働環境が殊更悪いからでは決してありません」

 誤解なさらないで、と教師は懇願した。

「若い方は、ご結婚されたり、いろいろあるでしょう。それから、ご自身が想像されていたのと違ったりするのが耐えられないみたいで。ですから、先生のようにある程度ご経験のある方に来ていただけたら、本当に心強く思います」

「もしもご縁をいただけるのでしたら、ご期待に添えるよう精一杯尽力いたします」

 これまでこの手の面接をいくつも受けてきたが、今回はかつてない好感触である。駄目押しに、ユリアはとびきりの笑顔を見せた。

「そうそう、忘れるところでした。当校では、やんごとなきお嬢様もお預かりしています。疑うわけではありませんが、次回御来校いただく際には、ご身分のわかるものをお持ちください。えーと、ミス・リードソン」

「違います」

「え?」

 考えるより先に、口が動いていた。教師はそれまでの柔和な態度から一変して、ユリアに対して懐疑的な眼差しを向けた。

「すみません、申しそびれていましたが、その…結婚を…いたしまして…」

 自分でも何故そんなことを言ってのけたのかわからない。だが、もう後には退けなかった。

「まあ、そうでしたの!おめでとうございます」

 教師は感嘆の声をあげ、前のめりになった。

「でも御結婚を機に前のお仕事、確か士官学校ですわね、そちらをお辞めになられたのだとしたら、何故また当校を?お相手の方が反対なさるのではなくて」

「しゅ、主人とはその、士官学校で知り合いまして、結婚後は一緒に働くわけにはまいりません。ですが、働くこと自体は賛成してもらっています」

「まあ、そういうことでしたのね。これで合点がいきました」

 教師はほっとした様子で、椅子に深く掛け直した。

「この推薦状からは、あなたを失うことがどれほど痛手なのか、ひしひしと伝わってきました。ですから、どうして辞められたのか、それだけが疑問でした」

「申し訳ございません。余計なことで煩わせてしまいまして」

「いえ、良いんですよ。あら?」

 ふいに、教師は吐き出し窓から外へ注意を向けた。窓の下は花壇になっており、色とりどりの花で埋め尽くされていた。見れば、そんな花々に混じって小さな影が二つ揺れていた。

「あなたたち、そこで何を?」

「い、院長先生、ご機嫌よう」

「ご機嫌よう、院長先生」

 突如開かれた窓に、少女たちはピクリと身を縮めた。二人とも両の手が後ろに回っている。

「ご機嫌よう」

「院長先生にお客様ですか?」

「ええ、ミス…じゃなかった。ミセス…」

 教師はユリアを振り返った。

「ジョージア…です」

「そう、ミセス・ジョージア。新しい先生よ。御結婚されたばかりなんですって」

「院長先生、それでは…」

「ええ、あなたを雇うことに決めたわ」

「あ…」

 慌てて謝意を伝えようとするも、すぐさま幼い声に掻き消された。

「初めまして、ジョージア先生!」

「御結婚おめでとうございます!」

 少女たちが先を争うようにして、身を乗り出してきた。うっかり前に出した手には、マーガレットの花が握られている。

「これ、はしたないですよ。それにあなたたちまたお花を。禁じた筈ですよ、占いなんて…」

「違います、これは…」

「何が違いますか?」

「これは、ジョージア先生に差し上げるんです。おめでとうございます!」

「おめでとうございます!ジョージア先生」

「え…?」

 これまた我先にとマーガレットの花を押し付けられ、困惑しながらもユリアはそれらを受け取る。律儀にお礼を言いながら。

「仕方のない娘たちね。今回はミセス・ジョージアに免じて目をつぶります。ですが、次に同じことをしたら、そのときはお尻で償ってもらいますからね。良いこと?」

「はい、院長先生!」
「はい、院長先生!」