「何かわかった?」
女将から聞き込みを終え、玄関に戻ると既にシェールの姿はなかった。
「いえ、新しいことは何も。シェールのほうは?」
「図書館と役場、それに酒場だって」
「酒場?」
予期せぬ単語にタリウスは眉を寄せる。
「ああ見えて実は酒豪で、仕事上がりに毎晩飲み歩いているとか」
「まさか」
「どっかの誰かじゃあるまいし、流石にないわね。でも、だったら酒場で一体何をしているのかしら。仕事?」
それ以外に考えようがない。
「ねえ、彼女の生業って何なの?教師じゃないの」
「本業は教師です。それから、異国語の翻訳や手紙の代筆も頼まれれば請け負っているようです。以前は、もう少し別なことも…していたようですが」
「別のことって?」
現状は確かに緊急事態には違いないが、それでも他人の過去を断りもなく話すのは気が引けた。瞬時に判断がつかず、口ごもるタリウスをミゼットは許さない。
「今それを隠されたら話が進まないんだけど」
「ここだけにして頂きたいのですが、以前は歌を歌っていたそうです」
「飲み屋で?」
「今はもう止めたと言っていましたが」
かつて、彼女はそれを生きるために必要だったと語った。勿論危険を承知の上でである。だからこそ、他に生業がある以上、今は好き好んでする筈がない。そこで、記憶の隅に何かが引っ掛かった。
「ですが、もしかしたら、酒場で別の仕事を承けているのかもしれません。確か手紙の代筆は、昔の恩義でやっていると言っていました」
「こんな時間に出ていったことを考えると、行き先はその店かもね。とは言ったものの…」
この城下に酒場は星の数ほどある。
「城下に親族がいる以上、彼女も人の目を気にする筈です。軍関係者が行くような店を軒並み避けるなら…」
「裏通りってこと?」
「恐らくは」
「それじゃあわざわざ危険にさらされに行っているようなものじゃない」
裏通りは文字通り町外れの裏路地にあり、地代が安い分酒代も安い。だが、その反面、不法移民の溜まり場になっていることも多く、得てして治安が悪い。
「あのさ、私に言われたくないと思うけど、あえて言う。止めなさいよ」
そんな危険なところに今でも出入りしていると知っていたら、無論止めた。ミゼットの言うことがもっともなだけに、何の反論も出来なかった。
「とにかく遅くなる前に捜すわよ」
「いえ、これ以上は付き合わせられません」
「いいのよ、どうせ暇だし」
いくら仕事が引けているとはいえ、流石に言葉通り受けとるわけにはいかない。 真っ向から疑いの目を向けると、彼女が苦笑いを返してきた。
「本当のことを言うと、昨日は先生に叱られた。自分の背中を預けられない人間に他人を任せるなんてどうかしているって。ごもっともよね。だから、私にも手伝わせて」
結局、ミゼットの申し出を受け、町外れの酒場を二手に分かれて一軒一軒当たった。だが、これと言った成果が得られないまま、時間だけが過ぎる。
「ちょっと!どこ触ってるのよ」
背後から険のある声が聞こえてきたのは、丁度タリウスが立ち止まり、時間を確認しているときだった。振り返ると、ミゼットが酔っ払いらしき男に絡まれていた。
「彼女に何の用だ」
咄嗟に腰の物に手を掛けようとするが、ミゼットがその必要はないと目で訴える。なるほど、よく見ると彼女は既に男の手を捻りあげている。
「何だ、男連れか」
「最初から連れがいるって言ったじゃない」
「やっぱりな。女ひとりで普通はこんなところへ来やしない」
「だからそう言ったじゃな…ちょっと待って!それって一人で来る女もいるってこと?」
ミゼットの言葉に心臓が波打つ。一方、酔っ払いは何とか彼女の手を振りほどこうと必死だ。
「いいじゃない、教えてよ。オジサン」
「誰がオジサンだ…」
「ああ、わかったわかった。オニーサン、教えて。私のお尻触ったんだからいいでしょ、それくらい!」
「痛ってえ。ったく、けったいな女だ。お前ら公安だろう。誰が…」
「安心して。公安にこんないい女いやしないから。ねえ、どこの店?教えてよ」
ミゼットは半ば強引に男から情報を引き出し、律儀に礼を言ってその手を離した。この細い身体の一体どこにそんな力があるのだろう。
「ここで見聞きしたことはお互い口外しないってことで良い?」
そう思い無遠慮な視線を向けたことを彼女は非難されたと受け取ったようである。
「元よりそのつもりです」
「いた?」
タリウスがガラス越しに目当ての店を覗くと、尋ね人がひとりカウンターに掛けているのが見えた。頭部をフードで覆っているが、それでも直感的に彼女だとわかる。
「そう。良かった」
無言で肯定すると、ミゼットは微笑んだ。そうして間を置かず、すっと視界から消えた。
はやる気持ちを押さえ、背後から静かにユリアへ近付いた。そのまま腕をとると、彼女は大きく息を飲んだ。
「タリウス?!」
自分を見るなり、彼女の表情が恐怖から驚きに変わった。
「どうしてここに?」
「日のあるうちに戻るよう言った筈です」
「でも、一昨日のあれは…」
「ダルトンではない」
「え?」
ユリアを店の外に連れだし、ここに来るまでの経緯をかいつまんで話した。彼女は驚き、しばらくは言葉がなかった。
「それで、私を捜してこんなところまでいらしたんですか。どうして?」
こんなところとわかっていてやって来ているのだ。そう思ったらもはや自制出来なかった。
「心配だからに決まっているだろう」
思わず叱りつけると、ユリアの目が大きく瞬いた。
→