「カーン=エッガー」

 少年、カーン=エッガーはベッドに座ったまま、虚ろな目をこちらに向けた。

「名前を呼ばれたら即座に立て。無礼だ」

 タリウスが叱ると、カーンは緩慢な動作で立ち上がった。反抗心からと言うより、完全に打ちひしがれているようだった。堅牢とばかり思っていた父という名の鎧は、わずか一日で破れ去り、少年はもはや丸裸と言って良い。

「今朝のことをミルズ先生に謝罪して来い」

 カーンは答えない。相変わらず死んだ魚のような目を向けるだけだ。

「いい加減にしろ。引きずられなければ行けないのか」

「ちが…っ!」

「だったら早くしろ」

 教官の噛みつかんばかりの勢いに、カーンは慌てて戸口へ向かった。

「退校に、なりますか」

 先に立って歩こうとするタリウスに、カーンが恐る恐る声を掛けた。

「知ったことか」

「誰が決めるんですか?統括ですか?それとも、ミルズ先生ですか?」

「それを聞いてどうする」

「ここを追い出されたら行くところが…」

「喫煙に、暴言、そうなったところで不思議はない」

「申し訳ありませ…」

「世の中には謝ったところで取り返しのつかないことがある」

 すがるような目を向ける少年を、タリウスが一蹴する。

「俺は教官としてお前に必要なことは教えるが、あくまで任務としてだ」

「先生」

「私語をするな。黙って付いて来い」

 冷たく言い放ち、ひとまず大人しくなった少年を横目で見ながら、タリウスは先ほど上官の言ったことに一理あると思った。なるほど、この少年がこれからどう成長させられるか、俄かに楽しみになった。


 おしまい 2020.4.20

 保護者役をゼインに譲ったので、自分は高みの見物。そして、オマケでやっと名前が出てくる、勘違い野郎=カーンくん。