紆余曲折を経て、結果的に式典は滞りなく終了した。タリウスは雑多な仕事を片付けた後、数時間振りに主任教官の執務室を訪れた。
「ああ、君か」
ゼインが椅子から立ち上がり、来客用のソファを勧めた。普段はどんなに話が長くなろうと、基本的に起立したままだ。
「今日は朝からご苦労だったね」
「いえ」
「例の彼、エッガーは?どうしている」
「身分証を与えず、居室で謹慎させていますが、それでよろしいでしょうか」
訓練生は入校式をもって正式に士官候補生となり、同時に身分証を所持する。
「この忙しい中、そうそう彼にばかり構っていられまい。妥当な判断だろう。それで、少しは大人しくなったか」
「大人しくなったと言うより、完全に放心していて心ここにあらずといった様子です」
「自慢の父上に見限られたことがよほど堪えたのだろう」
無理もない、ゼインは事も無げに言い放った。
「こんなことを言うべきでないのかもしれませんが、これまで散々甘やかしておいて、いきなり勘当というのは、いくらなんでも」
「全く君は人が好いね。今朝のことを忘れたのか」
ゼインは苦笑いを漏らした。
「勿論覚えていますし、腹も立ちましたが、どちらかと言うといたたまれなくなりました。それに先生があれほどまでに怒ってくださったので、多少溜飲が下がりました」
「怒って然りだろう。かつてエッガーの兄たちも相当だったが、あそこまで愚かしくはなかった」
ゼインは再び怒りが戻ってきたようで、憎々しげな表情を見せた。
「このままではろくな人間にならないと思いますが」
「ならば、父親の代わりに君が導いてあげるかい?」
「それは筋が違います」
「そうか?では、私がするとしよう」
「先生ご自身でですか。何故わざわざ………っ!まさか」
彼の脳裏にひとつの可能性がちらついた。
「妙な勘繰りは止めたまえ」
「先生にはまだ教えていただきたいことが」
今朝の話はあのまま流れたのではなかったのかと、タリウスは動揺した。
「今更君に教えることなどひとつもない」
「先生!」
「落ち着け。今朝のことは悪かった。だが、そういうことではなくてだ。ここ近年、面倒なことはみんな君に押し付けてきたから、たまには自分で向き合おうと思った。それだけだ」
タリウスは未だ半信半疑だったが、ともかくそう言われてしまった以上は引かざるを得ない。
「話を元に戻すが、長官は末息子のことを別段甘やかしてきたわけではあるまい。ただひたすらに無関心だっただけだろう」
「では、何故今になって」
「無関心なのは無害だったからだ。今回のことは、統括に図った上で長官の耳に入れた。我が子が交渉のカードに、それも己にとって不利益なカードとして使われたことで方針を変えたのだろう」
「息子が自分を害する者になった途端、切り捨てたということですか」
実の親子の間に、そんな血も涙もない話があり得るのだろうか。
「恐らくはそんなところだろう。どこまで本気かは知らないが、いずれにせよこちらにとっては好都合だ。今後は、長官の息子と思う必要はない上に、本人もそのことを鼻に掛けるようなことはしないだろう」
端からこれが狙いだったのだ。実に上官らしい荒療治である。
「退路を絶たれた人間が、果たしてどのような進化を遂げるか、なかなかに興味深いと思わないか」
不敵な笑みを浮かべる上官に、タリウスは久しぶりに背筋が寒くなるのを感じた。
2020.4.20 「ハレの日の憂鬱」 了 オマケ