「シェール、今少し話せるか」

「良いけど、なあに?」

シェールは読んでいた本から目を上げ、父親を窺った。見たところそう悪い話ではなさそうだが、改まって聞かれるとこちらとしてもなんとなく身構えた。

「門限のことだ」

「門限?最近はちゃんと帰ってきてると思うんだけど」

「ああ、そうだな。だが、お前は俺の決めた門限に納得していないのだろう」

「門限そのものっていうか、その…」

父親の庇護のもとにある以上、門限が設けられることについては仕方がないとシェールも思っている。しかも 、通常はそこまで厳密な約束事はなく、前から一貫して夕食までには帰宅するというルールがあるだけだ。

唯一の例外は剣術の稽古だ。シェールは稽古に熱中し過ぎるあまり、ともすれば時間を忘れがちである。そこで、剣術道場通いの日だけは確固たる取り決めをしている。その運用にシェールは疑問を感じていた。

「門限を守ろうとしたけど、ちょっと間に合わなかった時と、そもそも全然守らなかった時と罰が同じなはのがちょっとどうかなって」

シェールが遠慮がちに父親を見上げた。

「とうさんにしてみれば、門限守ったかそうじゃないかのふたつにひとつなんだろうけど」

それもわかるけど、シェールは続けた。下手なことを言って、喧嘩になるのは避けたかった。

「つまり、一分でも遅れたら鞭、が気に入らないと?」

「うん。だって、一分でも三十分でも同じ十回なんて」

「ならば、三十分遅れたら三十回にしてやろうか」

「いいよ!そんなことしたら、お尻がなくなっちゃう」

「別になくなりは…しないだろう」

シェールの必死な様子に、一瞬タリウスの抑えがきかなくなる。

「笑わないでよ、もう。あ、でも。一分一回ってのはいいかも」

「上限は?」

「十回」

「虫の良い話だな」

「だめ?」

「まあ良い。あまりにも目に余るようなら、上限は外すぞ」

「わかった」

まさかこんなにもうまく交渉が成立するとは思わなかった。そもそもこの手の決め事に自分の意見が反映されたことは、これまでなかったように思う。いつだって強権的に決められてしまうのが常だ。

「時計はこれまで通り、一階の玄関で見る。だが、毎回下でお前を待ち構えるのはもうやめだ。自分で時間を見て申告しなさい」

「え、でもそれじゃあ」

「不満か?」

「そんなことはないけど」

こちらとしては、むしろ好都合だ。

「一応聞くけど、とうさんが当直とかでいないときは?」

「俺がいようがいまいが門限は守る。当たり前のことだろう」

「もちろんそのつもりだけど、でももしそうできなかったときは?」

「次の日に報告しなさい」

「ねえ、とうさん。さっきも思ったんだけど、とうさんは僕が時間を誤魔化したりするって思わないの?」

「お前が決めたルールだろう。とうさんはお前を信じる」

「そっか」

信頼されて嬉しいと感じる反面、心がきゅっと引き締まるのがわかった。

「お前がいくつになっても俺はお前のとうさんだが、そうは言ってもいつまでも世話を焼けるわけではない。自分で出来ることは自分でしなさい」

「はい」

何故だろう。今度はチクり心が痛くなった。