「本物に会えるかな?会えなくても、せめて一目くらいは見れたら良いな」

「でも、今はお城にいるんでしょ。そう簡単に会えるかな」

アグネスは、級友イサベルと共に駅舎で迎えを待っていた。時刻は夕刻を通り越し、既に夜である。彼女たちの脳裏にあるのは、故郷で見た士官募集のポスターである。

教官から交換訓練生制度について聞いたとき、アグネスは、これは運命だと思った。

子供の頃、たまたま通り掛かった町で士官募集のポスターを見たときから、たちまちアグネスは彼女の虜になった。

ポスターの中の彼女は、均整のとれた顔立ちをして、深い色の軍服を身にまとい、騎馬に跨がり鬨の声を上げていた。

キャッチフレーズはたったひとこと―闘え。

アグネスはその声に応えるべく、学校を出たら迷わず士官候補生の試験を受けた。一年目は予備試験でふるい落とされ、翌年も最終選考で敗退したが、更にその翌年には執念で合格を勝ち取った。

そうしてめでたく士官候補生になったアグネスを、地獄の日々が待っていた。元々身体を動かすことは嫌いではなかったが、それよりも読書や調べものをしているほうが好きだった。特に戦術や戦法といった軍学はには目がなく、予科生ながら分厚い専門書を何冊も読破しており、当然成績も良かった。

問題は実技である。いかに女子訓練生を採用しているとはいえ、訓練生の九割が男である。どんなに足掻いても、彼らと肩を並べることは到底不可能で、それどころか何度も音をあげそうになった。

そんなときにはいつだって、彼女のことを想った。きっと彼女も今の自分と同じ苦難を乗り越えたに違いない。

ところがある時、予想外の事実がアグネスの耳に入った。てっきり北部士官学校を出たとばかり思っていた彼女は、本当のところは中央の出身で、今現在は北部での勤めを終え、中央に帰還し城勤めをしているというではないか。

アグネスはこのとんでもない事実をしばらくは受け入れることが出来なかった。

「でも、私、なんとなく会えるような気がする」

「だといいけど…」

そのとき、何者かが息を切らせてこちらにやって来るのが見えた。二人は慌てて立ち上がった。一気に緊張が走る。

「ごめんなさいね、待たせて」

現れたのは女性士官だった。てっきり迎えに来るのは厳つい教官だと思っていただけに、多いに面食らった。

「先生ったら、急に私に迎えに行けなんて言うから。遠かったでしょう。まさかふたりで来たの?」

「いえ、途中までは教官に送っていただ…」

「相変わらず北はやることが雑ね。あり得ないわ」

その人物は、アグネスの言葉を遮り、溜め息をついた。そうして髪の毛を掻き上げる仕草に、既視感を覚えた。

「何?」

それゆえ、ついじろじろと遠慮のない視線を送ってしまった。

「大変失礼ですが、あの、あの」

口が乾いてあのしか言えない。

「ああ、まだ名乗っていなかったわね。ミルズよ。ミゼット=ミルズ」

「えー?!」

「えー!!」

盛大な悲鳴が二人分。

「あ、あの、私、北部でポスターを見ました。士官募集の」

「ポスター?うそ!まだあれ貼ってあるの?」

やめてよ、とミゼットが利き手で顔を覆った。上に命じられるまま、広報部のモデルになったのは、果たして今から何年前だろう。軍関係者以外に自分を知る者がいない地方任地だからこそ、承諾したのだ。北部に置いてきた恥ずかしい忘れ物をわざわざ届けられた気がした。

「本物はおばさんで驚いた?」

ふたりはぶんぶん頭を振った。

「いいえ!本物もお綺麗です」

「ご本人にお会いできて感激です」

アグネスは、既に涙目である。あこがれの人物との突然の対面に、心がついていかなかった。

「大袈裟ね」

言いながらも、ミゼットは悪い気がしない。彼女にとって北部の地は、士官学校を出てから数年前まで命を賭して奉職した、言わば第二の故郷のようなものである。そんな北部からやってきたこの予科生二人組に、彼女はある種の親近感をおぼえた。

「ねえ、私服持ってきた?」

質問の意図がすぐにはわからず、アグネスはイサベルと顔を見合わせた。そして、小さく返事を返した。

「明日からしばらくは、いろんな意味で地獄を見ると思う。でも、せっかく遠路遥々王都まで来たんだもの。今夜は訓練のことは忘れなさい」

「いいんですか」

「ただし、このことは絶対に口外してはだめよ。少なくとも北へ帰るまでは、秘密にしなさい。教官にばれたら、あんたたちは勿論罰せられるし、私は立場がなくなる」

もとより今回のことは仕事ではない。北部からやってきた予科生を一晩世話して欲しいという、夫からのお願いである。城下をひとまわりしてから帰宅したとして、態勢に影響はないはずだ。

それよりも彼女たちに少しでもしあわせな記憶を持ち帰って欲しいと思った。これは、今後起こり得る試練について知る者から贈る、先出しのご褒美である。