「一体どういうことですか?これでは騙し討ちにでも遭った気分です」

一連の業務を終え、中央へと帰還を果たしたタリウスは、主任教官と対峙していた。

「騙し討ちとは聞き捨てならないね」

「騙し討ちでなかったら、何なんですか」

質問というより詰問である。不機嫌にこちらをにらみ返してくる上官に、タリウスも今日ばかりは負けていなかった。

「何が言いたい」

「交換訓練生は二名とも女子でした」

「北部が女性士官の育成に力を入れていることは君も知っていただろう」

「それはそうですが、年間数名と聞いていました。交換訓練生には精鋭を送り込んでくるものではないのですか」

「彼女らが精鋭なのだろう」

「体力的には男には及ばない。どう考えても不利です」

「不利にならないよう、走り込みでもなんでも、女子には一定の数値を掛ける決まりになっている。なまじ運動神経が良い者なら、首位になることも可能だ。知らなかったのか」

知らなかった。いや、昔旧友がそんなようなことを言っていたかもしれないが、今の今まで忘れていた。

「だからって…」

「最近、うちは女子を採っていないからその当て付けだろう。ついでに、比較対象もいないから先方にとっては好都合だ」

やはり思った通りだ。ゼインはこうなるとわかった上で自分を北部に派遣し、なおかつ担当にしたのだ。交換訓練生如きに及び腰になったのも、柄にもなく部下に称賛を浴びせたのにも、これで合点がいった。

「先生」

「よく調べもしないで安請け合いしたのは君じゃないか。それをまるで私のせいみたいに言うのはどうだろうか」

もとより言い争って勝てるわけがない。タリウスは最後の抵抗とばかりに口を閉ざした。

「この件が終わったら、今年は早めに休みに入ると良い。すまない、ジョージア。こんな厄介なこと、君以外には頼めない」

「厄介事だという認識はおありなんですね」

「ああ。だが、気を付けろ。厄介なのは彼女たちではない」

「どういういっ…。いいです。もうおっしゃらなくて結構です」

またしても頭痛が襲ってきた。タリウスは部屋から辞したい一心で、話を先に進めた。

「それで、彼女たちについて何かわかったのか」

「はい。ひとりはイサベル=オーデン。兄がいましたが、数年前の作戦で亡くしているようです」

タリウスが持参した報告書を手で繰る。

「それは気の毒に。しかし、息子を失ったというのに、彼女の親御さんはよく娘まで士官にしようとしたね」

「それが、近年北部でも戦死すること自体が珍しいようで、軍も遺族に対しては手厚い補償をしているようです」

「その恩に報いたいと?殊勝だな。もうひとりは?」

「アグネス=ラサーク。こちらは…」

タリウスが報告書に目を落としたまま、言葉を切る。

「なんだ」

「奥方に、ミゼット=ミルズに憧れてとあります。敬愛するミゼット…」

ミゼットは中央士官学校を卒校した後、北部に配属となり、そこで頭角を表し一個小隊の指揮を執るまでになった。中央の出身でありながら長年北部で功績をあげ、再び中央に戻り今では時機に近衛と噂される。そんな彼女は、士官を目指す少女たちにとって憧れの的なのだろう。

「結構。前者、イサベルが本命だろう」

北部士官学校では、その辺りの事情をうまく利用し、彼女の肖像を広報に使っていた。それ故、彼女のポスターがきっかけとなって士官を志す者も少なくなかった。