覚悟はしていたものの、北部までの旅程は長く険しかった。城下から港へ向かい、連絡船で海を渡ったまでは良かった。そこから永遠とも思えるほどの長い道程を乗り合い馬車に揺られ、終点からは更に馬を借りた。

そうして北へ北へ向かううちに、身体に吹き付ける風は徐々に冷たくなっていった。タリウスは、これまで北部という字面から、永久凍土のような土地を連想していた。が、実際には今時季は雪もなく、ことさら極寒というわけでもなかった。もっとも、これは後で知ったことだが、天候が安定している今の時季だからこそ、北部での四校会議がもたれたのだった。

北部士官学校は、建物自体は古いがよく手入れがなされており、そのことは玄関ホールから階段の踊り場に至るまで、随所に飾られた絵画の額縁に、埃ひとつないことからも見てとれた。

額縁の中身は、伝説の英雄から今もなお存命中と思われる人物まで様々である。さしずめ博物館のようなこの空間からは、一見して開放的な雰囲気を醸し出しているようにみえた。だが、その実、地方にありがちな余所者を寄せ付けない空気は健在である。

先方は、統括でも主任教官でもない自分が単身出席したことに、露骨に不服の意を示した。ところが、いざ会議が始まり、こちらがくだんの交換訓練生を受け入れる意志があると知ると、途端に相好を崩した。

「そうですか。中央は今回の件にご賛同いただけるわけですか。それで、実際に訓練生を預かる貴殿が、遠路遥々こちらまでいらしていただいたと」

タリウスは、あまりの変わり身の早さに驚きを隠しつつ、そこから先の会議が終始なごやかに終わったことに胸を撫で下ろした。

「実は言うと、もう人選は済んでいまして。折角なのでこれから会ってやってもらえませんか」

一斉部会が終わり、担当者と細かな事柄について詰めようとしていたときだった。先方の教官からそう提案があった。

「それはこちらとしてはありがたいですが、しかし」

会議の開催期間中、訓練は休みになり、訓練生たちはよほどの理由がない限り不在にしている筈だ。

「ええ、います。ちょうど外禁中なんで」

「がい…」

タリウスは思わず耳を疑った。

「ああ、ご安心ください。そんな素行の悪い者じゃない。むしろ精鋭です。ただ、こんなこともあろうかと、難癖をつけてこいつをね」

教官は、ポケットから手のひら大のカードを二枚、取り出して見せた。言わずと知れた身分証である。訓練生はこれがないと身動きが取れず、当然外出も出来ない。

事情はわかるが、非のない相手から身分証を取り上げることに、タリウスは不条理を感じた。そのとき、一瞬視界の端に入った身分証に、彼はある種の違和感を感じたが、不条理とあいまってそのまま目前を通過していった。

「こちらでお待ちください」

すぐに呼ん来ると言って、教官は席を立った。残されたタリウスは、先程感じた違和感がにわかに気になり、居ても立ってもいられない心地になった。だがすぐに、いかに見知らぬ地にいるとは言え、予科生ごときに心を乱されてたまるかと思い直した。

それ故、部屋の戸がぎこちなくノックされたときには、もはや平生を取り戻していた。

「入れ」

が、次の瞬間、タリウスは言葉を失った。

「アグネス=ラサークです」

「イサベル=オーデンです」

現れたのは、中央のそれとは若干デザインの異なる制服を身にまとった二人の少女であった。

不安と緊張で頬を硬直させる少女と、そんな彼女とは対照的にまっすぐこちらへ視線を送ってくる少女。タリウスは彼女たちを交互に見やると、きわめて機械的に名乗った。

「ジョージアだ。中央士官学校で予科生の訓練を担当している」

だが、そこから先は記憶にない。気持ち的には、会議も打ち合わせも、その後の宴席もすべてを放り出し、早々に帰路に着きたいくらいだった。そして、上官に問い質したい。