「お願い、とうさん。もう無理、もう許して」

 シェールは身体をくねらせ、額をシーツに擦り付けた。身体が上気し、どこもかしこも汗まみれだった。

「いいや、だめだ」

「もうしないって約束するから、だから…」

「それ以上駄々をこねるのなら、もう一度始めからやり直すぞ」

「やだ!それだけはやめて!」

 今日の父なら本気でやりかねない。シェールは金切り声を上げ、頭を振った。もはや一打たりとも余計に打たれる余地はない。

「だったら、どうしたら良いかわかるだろう」

「はい…」

 声にならない声で返事を返し、腫れ上がったお尻を突き出した。汗と涙で湿ったシーツを幼い指が食い込まんばかりに握っていた。

「やっ!ごめんなさい!あう、もうしません!」

 かつてない厳しい仕打ちに、シェールは延々泣き叫んだ。あまりのことに、しばらくは叩く手が止まったことにすら気付かなかった。

「お前は今、何で俺に怒られているんだ」

「…門限を、破ったから」

「門限は何のためにある?お前に意地悪するためか」

「ううん、違う。僕を、守るため」

 だが、一度約束を反故にすれば、父は守るべき対象である自分にこうも手酷い仕打ちをする。シェールにはそれが矛盾に思えてならない。そのとき、ふいに背後からため息が聞こえた。

「わかっているなら、ちゃんとしなさい」

 タリウスはベットにパドルを放り、それから身体を起こすようシェールに手を貸した。

「いいか、シェール。お前もいつかは大人になって、一人立ちをする。そのときまでに、自分の身は自分で守れるようにしておかなければならない。そのために必要なことは何だと思う」

「強く、なること」

「違う。危険を予期して、回避出来るようになることだ」

「それって逃げるってこと?」

「そうではない。そこここに潜む危険を見極められなければ、どんな剣の達人も生き残れはしない」

 そんなことはまるで考えたことがなかった。それどころか、強くなることこそが父から心配されずに済む唯一の方法だと思っていた。

「お前は身を守るどころか自分から危険にさらされた。門限を破ったのだって一度や二度じゃない。遊びたい盛りのお前に、外へ出るなというのがどれほど酷かはわかっている。だが、全てはお前が招いたことだ。同情の余地はない」

「でも」

「まだ何か」

 この状況下で、なおも意見しようと言うのか。再び語気を強めると、流石に恐怖を感じたのかシェールは身体を強張らせた。

「とうさんが間違ってるとは思わない。僕がいけないことをしたのもちゃんとわかった。でも…」

「でも何だ。そこまで言ったのなら最後まで聞かせろ」

「外に出ちゃいけないなんてやっぱり変だ。ママなら………もしもママなら、そんなことしないって思う」

「すべてにおいてエレインが正しいとは限らない」

「そんなこと…」

「納得出来ずとも構わない。だが、心は変えられなくても、行動を変えることは出来るだろう」

 シェールは茫然としてその場に崩れ落ちた。不思議なことに涙はもう零れ落ちることはなかった。