あれから半月程経った今も、件の強盗は一向に捕まる気配がない。公安は躍起になり、通りという通りには人相書きが貼られたが、結果は芳しくない。それどころか最近では模倣犯とおぼしき輩まで現れる始末で、城下の空気は一層重く沈んでいた。

「ただいまっ!」

 シェールは肩で呼吸をしながら、恐る恐る目線を上げた。壁に掛かった時計は、約束の時間のほんの少し先を指している。

「ぜ、全速力で、帰ってきたんだ、これでも…っ」

「もう五分、いや三分早く駆け出していれば済んだ話だろう」

「そりゃそうだけど」

 確かにあそびに出掛けて門限を破ったと言うなら、そう言われたところで仕方がない。だが、そうでないことは父もまたわかっているのだ。

「稽古に行かせていること自体が譲歩だ。そのことを忘れてもらっては困る」

  毎回同じ脅し文句に屈するのは口惜しい。口惜しいが、ただでさえ厳しく外出を制限されているのだ。この上稽古通いまで禁じられたら、確実に自分はおかしくなる。

「ごめんなさい!今度からはちゃんと気を付けるから」

「当たり前だ。だが、まずは言い付けを破った責任を取りなさい」

  父の声はどこまでも無機質で、まるで取り付く島がない。対するシェールは苦虫を噛み潰したような顔を向けた。

「約束を違えたから罰する。他に何か必要か」

「だってたったの二三分だよ。そんなの、こうしてる間にだって、あっという間に経っちゃう」

  こちらは空腹と疲労でぼろぼろの身体で全力疾走したのだ。不毛な争いだとわかっていても、口を開かずにはいられなかった。

「三分を許せば五分をも許すことになる。では、五分が良くて十分がだめな理由は何だ。どのみちどこかで線引きをしなくてはならないのなら、初めから門限は絶対だ」

 理屈はわかる。しかし、そこまで厳しく管理されなくてはならない理由まではわからない。調子づいた少年は、更なる憎まれ口を叩いてしまう。

「どうせ怒られるなら、もっとゆっくり帰ってくるんだった」

「ふざけるな!!何のために門限を設けていると思っている」

 雷のような怒鳴り声に、一瞬にして総毛立ち、頭が真っ白になる。ようやく頭がまわり始めたときには、胸ぐらを捕まれ壁際へと追い詰められた後だ。

「もう一度よく考えてみろ」

 渾身の力で首を縦に振ると、乱暴に戒めを解かれた。


 ひと足先に自室へ戻ったシェールは、次第に、かつ確実にこちらへと近付いてくる靴音に、身を縮めていた。全く何でまたあんなことを言ってしまったのだろう。もし過去に戻れるのなら、五分前へ行って、愚かな自分に口を慎むよう忠告したい。いや、もっと前へ戻って、稽古の終了と共に走り出せば良いのだ。いずれにせよ、後悔先にたたずとはこのことだ。

「とうさん、あのね…」

「ベッドへ手を付け。早く!」

 門限破りにはパドル打ち10打の罰が科せられる。程度によって酌量されることも加算されることもない。ただし、反省場所はいつも父の膝の上と決まっていた。つまり、今日は嫌がおうにも厳しくされるということだ。

「シェール、潔くお尻を出しなさい」

 梃子でも動きたくない心境だったが、意に反して身体は従順に動いた。逆らったらどうなるか、本能的にわかっているのだ。

 支度を終え、じっとシーツを見詰めた。これから自分の身に起きることを考えると、恐怖で頭がくらくらした。

「うああぁっ!」

 大きな音と共に冷たく硬いパドルが襲ってくる。一打目から涙が出るほど痛かった。しかし本当に辛いのはこれからだ。

「痛いっ!!」

 初めに打たれたところが腫れ上がり、じんじんと痛みを発する。その上、更に別の痛みが覆いかぶさってくる。

「やあっ!痛い!痛い!」

「動くな」

 当然のことながら、痛みは回を追うほどにより強烈になる。シェールは鞭を受ける度に地団駄を踏み、飛び上がり、どうにかして痛みを吸収しようと足掻いた。

「うわああぁぁぁあ!」

 涙がポタポタと零れ、シーツを濡した。丸い染みを見ながら、頭の中では懸命に残りの数を数える。あといくつ耐えればこの地獄から解放されるのか。殆ど祈るような気持ちだった。

「やあぁぁあああっ!!」

 一際大きな絶叫の後で、残り回数がゼロになる。やっと終わった。その安堵から、つい両手をベッドから離してしまった。

「誰が終わりだと言った」

「え…?」

 そのまま後ろを振り返ると、全く怒りの解けていない父と目が合った。

「俺はまだ許した覚えはない」

「そんな、だって…」

「まだまだ反省し足りないようだな」

「してるよ!ちゃんと反省してるってば!」

「本当に悔いていたら、そんな言い方はしない筈だ」

「そんなことない!」

 必死に訴えれば訴えるほど、相手には傲慢な印象を与えてしまう。そのことに気付いた時には、父の怒りは頂点に達していた。

「姿勢を戻せ。きちんと反省出来るよう、もう一度初めからだ」

「そんなとうさん、お願い、やめ…っ!」

 熱を持ったお尻にピシャリと平手が落される。

「いたっ!」

「ほら、早くしないといつまで経っても終らないぞ」

「そんなぁ、もう無理だってば」

  そっと後ろを顧みると、お尻は真っ赤に腫れ上がり、上のほうに至っては赤黒く変色している。どう見てももう充分にお仕置きされたお尻だ。

「シェール。それを決めるのは、お前じゃない」