「仕方ないって。親なんてみんなそんなもんよ」

　翌日、早速訪れたミルズ邸でシェールは一通りぼやいた。

「そうかな。強盗ってお金が目的なんでしょ。僕なんて見るからにお金持ってないし、それにおばちゃんには悪いけど、今住んでる宿だって、そんなに儲かってるようには見えないよ」

「そんなことを言ったら、あんたが住んでた家だって、全然儲かってなかったでしょうよ」

「うち？」

「そうよ。あんなことがあったんだから、お父さんが心配するのも当然じゃない」

「あんなことって？」

「だ、だからあの日のことよ。エレインが…」

　ミゼットは悲壮な面持ちで、それきり言葉を濁した。

「ママが死んだ日のこと？」

「そう」

「でもあれは火事だから」

「え？」

　ミゼットが大きく目を見開いた。瞬間的に心臓がどきりと脈打った。

「違うの？」

「違うも何も、私はその場にいなかったもの。そこはあなたのがよく知っているんじゃない？」

「でも今…」

　声を荒げ、ミゼットに詰め寄ろうとしたときだ。背後から伸びた二本の腕に身体を持ち上げられた。

「いいかい、シェール。君は幼くして相次いで両親を失くしている。だから、君の父上は何としても君だけは守りたいと思っている筈だ。父上の気持ちをわかってあげられるね」

　ゼインによって再び椅子に着地させられ、やさしげに瞳を覗きこまれた。これでこくりと頷く以外に出来ることがあったら知りたいと思った。

「よし。そろそろ帰りなさい。送って行こう」

「でも、まだ…」

　この夫妻は何かを隠している。しかし、本当に自分はそのことについて知りたいのだろうか。

「さあ競走だ。私に追い付いたら、君の望みを一つ叶えてあげよう」

　そう言うと、ゼインは颯爽と上着をまとった。あまりの展開の早さに俄には付いていけなかった。

「良いのかしら、そんなことを言って」

「勿論だ。ほら何が良い？」

「えーと、じゃあ、とうさんにお休みちょうだい」

「ふふふ、それは良いわね」

「もっとこう君自身の望みはないのかい」

「だって、とうさんが休みのときなら外で遊べるもん」

「わかった。受けて立とう」

　ゼインに促され、シェールは玄関へ向かった。数秒後、開け放たれた玄関から、大小ふたつの影が同時に飛び出した。



「どういうことだ。母親の臨終に、彼は立ち会っていなかったのか」

　タリウスが上官の執務室に呼ばれたのは、翌日の仕事上がりだった。

「それが、いるにはいたのですが、かなり錯乱していて、記憶に残っていないようです」

「なるほど。それで強盗に押し入られたことも記憶から消し去り、君自身もそれに一役買ったわけだ」

「元よりシェールは犯人に遭遇していません。何故今になってそのことを？まさか…」

「妻が口を滑らせたが、とりあえずは誤魔化した」

　身の毛がよだった。同時に、口の中にどろどろとした不快な感情がなだれ込んできた。

「墓場まで持っていくつもりか。仮にそうでないのなら、なるべく早く君の口から話せ」

「それは命令でしょうか」

「いや、単なるお節介だ」

　退出を促され、タリウスはあくまでも平生を装い部屋から辞した。


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