女将から拝借した折檻道具を携え、タリウスは自室へ向った。階段を上がりながら、もはや鞭で子供を育てたくないなどときれいごとを言っている場合ではないと思った。少なくとも今日ばかりは厳しい手段も辞さない。そう心に決め、部屋の前に立った。
「とうさん」
シェールは泣き顔のままベッドに座っていた。少し前なら毛布にもぐって籠城を試みたところだろうが、流石にいくらか大人になったようである。もっとも、いくつになっても同じような悪さを繰り返すあたり、まだまだ大人には程遠いのだが。
「とうさん。あのね…」
シェールは立ち上がり、ちょろちょろと自分の後を付いてくる。
「いけないってもちろんわかってるけど、でもわざとじゃなっ…」
そして、何気なく机の上に置かれたパドルを見て、絶句した。
「それはお前がきちんと反省出来るよう、手伝ってくれるものだ」
「うそぉ。そんなのやだよ!」
「シェール、着替えをしている間、少し静かに座っていなさい」
「嫌だ!絶対やだ!」
「良いから座われ!」
嫌だ嫌だと地団駄を踏む子供を怒鳴り付け、大人しくなったところで踵を返す。背後から弱々しくすすり泣く声が聞こえて来た。
「それで、どうしてこんなことになったとお前は思う?」
タリウスは着替えを済ませ、シェールの向かいに腰を下ろした。震え上がる息子に問うのは、先程とは異なり至って冷静な声だ。
「約束を、守らなかったから」
「そうだ。お前は一昨日花瓶を壊してしまったとき、どう思った。悪いと思ったか?」
「思った」
「思ったがそれを活かせなかった。一体何故だ」
「それは…」
シェールは答えに窮した。それがわかればこんなことにはならなかったかもしれない。
「反省が足らなかったからだ」
息子が自分から罪を告白するチャンスはあった。しかしそれをしなかったのは、あわよくば逃げおおせると思ったからだ。
「誰だって失敗することはある。だけど大抵の人は、一度失敗したらそこから学んで、二度と同じ失敗をしないよう悔い改めるものだ。お前にそれが出来るなら、こんなに俺が怒る必要もない」
淡々と叱責が続く中、シェールはうつむいた。強く握り過ぎたせいで両手が汗ばんできた。
「だいたいからして、早く部屋に入りたいのなら、硝子を叩いて女将を呼んでいるうちに玄関へまわれば良いだろう。お前のそういう考えなしなところと、再三の注意にも関わらず約束を守れなかったことは、お仕置きしなくちゃならないな」
お仕置きという言葉に心臓がどきりと脈打つ。そして更に、追い撃ちを掛けるように父の膝かパシリと鳴った。
「やだぁ」
反射的にシェールが顔を上げ、その顔がみるみる青くなっていく。父親が先程のパドルを手にし、自分の膝を打ったのだ。
「今日はいつもより厳しくする。覚悟が出来たら来なさい」
そこで一旦パドルを置き、タリウスは利き手の袖を肘まで捲った。
「ごめんなさい、とうさん。もう雨でも大人しくしてる。約束するよ」
「シェール、その言葉はもう何度も聞いた」
「今度は本当に…」
「それも聞き飽きた。良い子にしていればすぐに済む。さあ、おいで」
これ以上逆らえば、恐らくは強行手段に出る。シェールは渋々父親へ歩み寄り、間近に見るお仕置き道具に顔をしかめた。薄い板をくりぬいて作られたパドルは見るからに丈夫そうで、柄の部分を除いても父親の掌と同じくらいの大きさがあった。
シェールはもう怖くてたまらず、父親にお尻をむかれている間、両手を握りしめ固く目を閉じた。
「ひっ!」
最初からパドルで打たれると思ったが、予想に反し初めは平手だった。その平手が徐々に重くなっていき、20回ほど叩かれたところで手が止まった。
「やっ!」
バシンと大きな音がして、途端にお尻が熱くなる。
「やあぁ」
そして、もう一打。焼けるような痛みはすぐにお尻全体に染み渡った。
一回の破壊力が平手とパドルでは比べ物にならない。もう一度たりとて我慢出来ない。シェールは逃れようとめちゃくちゃに暴れた。
「やだ!やだやだやだ!」
「こら、手を打ってしまうぞ」
「やあだぁ!」
「こら!」
お尻へと伸びてきた腕を捕らえ、二本まとめて捻り上げる。そうして無防備になったお尻へ更にパドルを降り下ろした。一度打たれたところを再び打たれる痛さは想像を絶した。
「うわぁああ!!」
こうなるともう恥も外聞もない。シェールは火が点いたように泣きわめき、渾身の力で抵抗を試みる。お陰で予定していた回数を叩き終わる頃には、親子共々汗だくになっていた。
「ほら、立ってろ」
ぼろぼろになった息子を起こし、部屋の隅へ追いやる。シェールは泣き叫びながら両手でお尻をさすった。お尻は真っ赤に晴れ上がり、所々変色していた。
「とうさんは立っていろと言ったんだ。きちんと出来ないのならやり直すぞ」
「そんなの嫌だ」
「だったらしっかり立て」
「はい」
そこから30分、シェールを立たせた。この日、彼の興奮は相当なもので、殆んど泣き止んだと思ったら再び泣きわめき、また落ち着いてきては思い出したように泣きわめく、というようなことを何度か繰り返した。
「お前はひとりでここへ住んでいるわけではない。みんなが気分良く過ごすために最低限のルールは守れ。いいな」
「…はい」
「わかったらのなら、もう良い」
あれだけ厳しいお仕置きをした後だ。シェールが甘えてくれば受け止めるつもりでいた。しかし、息子は自分の横をすり抜けベッドへ倒れ込んだ。
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