「しぼられましたか?」

「え…は、はい」

 それはもうこってりと。

「でしょうね」

 わかっているなら敢えて聞かないで欲しい。恥ずかしさと気まずさで、シェールは俯いた。

「それで、今度は何です」

「えっと、今日はその、僕のために時間を取ってもらったのに、行かなくてごめんなさい。お詫びに何か、手伝わせてください」

「手伝い?」

「何でもします。そうだ、礼拝堂の掃除とか」

「結構です。それは夕拝の後で、信者さんたちがやることになっていますから」

「なら、今日は僕が…」

「ひとの仕事をとってはいけません」

「じゃあ僕は何をしたら?」

 父の命令は絶対ではないが限りなくそれに近い。俄かにお尻の痛みが振り返してきた。

「そうですね、これといって思い付きませんが………ああ、あなたは力に自信がありますか」

「あります」

「良いお返事です。では、外へ行って薪の処理を手伝ってきてください。本当はこどもにはやらせないのですが、あなたならまあ大丈夫でしょう」

「はい」

「但し、くれぐれも無理をしないように。怪我をしたら大変ですからね。シェール、待ちなさい」

 言うが早い、まわれ右で部屋から引き上げようとするのを教父長が制した。

「その前にこちらへ来て、これにサインを」

「サイン…?」

 言われるがまま、自分へ向けられた書類を覗き込んだものの、難しい字ばかりでよくわからない。

「あなたの両親の遺産が、余さずみんなあなたのものになるという書類です。面倒な手続きはお父様がしてくださいましたから、あなたはそこにサインするだけで結構です。もっともこれも代筆で良いという話でしたが、お父様がそこだけはあなたにさせたいというご意向をお持ちでした。何故だかわかりますか?」

「わかりません」

「自覚を持たせるためでしょう。シェール、あなたが引き継ぐのはふたりの財産、お金だけではありませんね」

「お金以外のもの…?」

「良いですか、エレインもグレンももうこの世にはいません。あなたは、言ってみればふたりの生きた証です。彼らの遺志を継ぎ、これからどう生きるか、しっかり考えなくてはなりません」

「僕が…」

 羽根ペンを持つ手に急激に重みが増した。今まで自分の名前を書くのに、これほどの力を要したことなどなかった。

「そう、あなたです。私も、そしてもちろんお父様も、必要とあらば手は貸しますが、あなたになり代わることは出来ません」

「ありがとうございます」

 サインを終え、ペンを戻すシェールの背中はいつになくピンと伸びていた。