それから、シェールは生家探索もそこそこに、思う存分遊んで帰路に就いた。しかし、玄関まで来たところで急激にその足取りが重くなった。
「何をこそこそしているんですか」
「きょーふちょうさま!」
おそるおそる中の様子を窺っていると、突然後ろから呼び掛けられた。シェールは驚き、正に飛び上がらんばかりである。
「随分長いお手洗いでしたね、シェール」
「えーと…」
「全く、あなたのお父様には心底同情します」
「そ、そうだ!とうさんは?」
冷汗をたらしながら、シェールは一番の懸案事項を確認した。
「客室でお待ちですよ」
「あの、教父長様」
「何です、早くお行きなさい」
「えっとその、とうさん、怒ってましたか」
「そんなことは自分の目で確かめなさい」
「はい…」
他でもない、それこそが答えであろう。シェールは追いたてられるようにして、父の待つ部屋へ向かった。
「おかえり、シェール」
予想に反し、父の声は極めて穏やかだった。いきなり噛みつかれる覚悟でいただけに、その反応に些か拍子抜けした。
「楽しかったか」
「う、うん」
「そうか。それは良かった」
「とうさん?」
おかしい。現状は朗らかに談笑する局面ではない。
「大事な用をすっぽかしてまで出掛けたんだ。そうでなくては困るな」
「えーっと…」
怒っている。その上で敢えて怒りを抑えているのだ。そのことを理解した途端、シェールは青くなった。
「しかし、お前には何を着せたところで同じだな」
「え?」
「結局、こうなるのだからな」
「や!とうさん、やだ!」
呆然とするシェールの腕を鷲掴みにし、椅子まで引きずる。そして、いやいやと頭を振る息子を抱え上げ、膝へうつ伏せにした。
「先に楽しいことをしたんだ。文句はないだろう」
「やだ!やだってば」
一張羅の上着を捲り上げ、続いてサスペンダーの釦を外しに掛かる。そうして裸のお尻が現れるまで、ものの一分と掛かっていない。シェールはこの段になって、何とか応戦しようと必死にお尻へ手を伸ばした。
「こら!手をどけなさい」
「やだ!お尻はやだ!」
「一人前に色気付いたか。だが、あいにくお仕置きは尻にすると決まっている」
「そんなの誰が決めたのさ」
「さあ、知らんな」
「知らないって、そんなのおかしい。納得できな…いたっ!」
なおも抗議しようとすると、ピシャリと手を打たれた。慌ててお尻から手を離そうとすると、今度は強い力で阻まれた。
「ならお前は、何故日に三度食事をしている。二回や四回ではだめと誰が決めた?」
「それは…みんなそうしてるから」
「多少は口が達者になったようだが、まだまだだな」
悔しいが、父の言うとおりである。
「お前が望むなら、このまま手を打ったって良いが、それだとしばらく剣を握れなくなるぞ。良いのか」
「それは嫌だ」
「だったら、どうすれば良いかわかるだろう」
「………はい」
シェールは観念し、お尻の上で解放された手首を反対側の手と共に頭のほうへ伸ばした。程なくして、平手が振り上がる気配と、続いてお尻に衝撃が伝わった。
「やっ!いったい!」
「お前が今日ここに来たのは何のためだ。遊ぶためか」
「ううん、違う」
「それならどうして勝手なことをした」
「だって、しょっちゅう来れるわけじゃないもん。ここに来たときくらい遊びたい」
シェールはあくまで不満そうに口を尖らせた。まだまだ反省には程遠い。
「そうだとしても、先に本来の用を済ませてから、遊びに行くのが筋だろう。教父長様や役所の人は、お前のためにわざわざ時間を作ってくれたのだろう。何故そのことをわかろうとしない」
「それは、そこまでは考えなかった。とうさんがいれば平気かなって」
つまるところ、最初から自分の問題として捉えていなかったのだろう。
「どこまで無責任なんだ!お前は」
「いたっ!ごめんなさい!!」
一際強くお尻を打つと、苦し紛れに謝罪が返された。タリウスはそれには構わず、なおも利き手を振り上げた。そうしてお尻が赤く色付き、叩く手が疲労してきたところでお仕置きする手を止めた。
「今回のことはお前の両親が、お前のことをおもってしてくれたことだろう。なあ、シェール。もうそろそろ、そういうことがわかるようになっても良いんじゃないのか」
「………ごめんなさい」
タリウスは吐息し、すっかりしゅんとなったシェールを膝から下ろした。
「シェール、教父長様にお詫びを。それから、何でもいいから仕事を手伝わせていただきなさい」
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