「役場の方がみえるまで、こちらで少しお待ちください」

 教会の一室へ通され、タリウスは若き教父長と机越しに対峙した。シェールはといえば、用を足しに行ったきり未だ戻ってきていない。こうしてふたり黙って向き合っていると、自然とかつてのことが思い起こされた。



「つまり、今後はあなたがシェールの世話をされる、ということでしょうか」

 シェールを連れ、森から帰還したタリウスは、その足で教父長のもとへ向かった。

「無謀なことを言っているとわかっています。子供を育てた経験はありませんし、正直なところ自信もありません」

「でしたら何故…」

「守りたいと思ったからです。シェールのことだけは、何としてもこの手で守りたい」

 この子を守りたい、本当にその一心だけで今日までやってきた。我ながら、なかなか大した決断をしたものだ。



「やられましたね」

「は?」

 ふいに上がった教父長の声にタリウスは現実へと帰った。声は呆れたようにも感心したようにも聞こえた。

「こ、こら!シェール!!」

 はっとして視線を脇へ移すと、窓から息子の背中が見えた。慌てて窓辺へ駆け寄るも、瞬く間に背中は小さくなり、やがて見えなくなった。もはや窓を開けて確かめるまでもなかった。

「仕方のない子ですね。大方、リュートのところにでも行ったのでしょう」

「面目ありません、私としたことが迂闊でした…」

 出先だと思って油断した。だが、考えてみればシェールにとってはここがホームである。多少行動が大胆になったとて不思議はない。

「ただでさえ神経を使う仕事をされているのに、その上子供の世話では気の休まるところがないでしょう」

 お察ししますよ、そう言って笑われ、タリウスは身の置き場に困った。

「しかし、あなたにしがみついて離れようとしなかったときがあったなんて、嘘みたいですね」

「ああ…ありましたね、そんなことも」

 母を亡くして間もない頃のシェールは、どこに行くにも自分の後を付いて回った。何だかんだ言って甘ったれなのは今でも変わらないが、それでも表面上は随分と親離れが進んだ。

「本能的にわかっていたのかも知れませんね。あなたに付いていけば大丈夫だと」

「どうでしょう。いずれにしても、あの頃からシェールには振り回されっぱなしです」

 ただしあの頃とは違い、帰る場所があるからこそ、こうして身勝手な振る舞いをするのである。ある意味ではこれも甘えなのかもしれない。タリウスは吐息した。

「さて、どうしますか?シェールを追うなり待つなりされますか?それとも…」

「いえ」

 こうなった以上、しばらくは戻って来ないだろう。それならこちらにも考えがある。

「予定どおり進めてください。シェールには、後でそれ相応の仕置きをします」