「ぼっちゃん!格好良いじゃないか」
宿屋の一階から黄色い声が上がった。女将の居室部分であるこのエリアへは、一般的に店子の出入りが禁じられている。しかし、シェールをはじめとする長期滞在客に限っては、例外的に行き来を許されていた。
「急に大きくなったからびっくりしたけど、ちゃんと合って良かった。本当、よく似合ってるよ」
「ありがとう、おばちゃん。でも、どうして?」
「どうしてって、そりゃあんた。教会に行くんだろう」
今日のシェールは、ジャケットに釣りズボン、首元には革製の細いリボンを結んでいる。こんな格好をするのは、タリウスと親子関係を結んだ日以来初めてである。
「うん、そう。教会に行くだけ」
「嫌だね、ぼっちゃん。お父さんの話、聞いてなかったのかい。今日はね…」
ようやく整理の付いた両親の遺産を自分が引き継ぐ日だと聞かされていた。しかし、シェールにはそれが何故、わざわざめかし込んで出掛ける事態に発展するのか、理解出来なかった。
「しっかし、ぼっちゃんの本当のお父さんも相当な男前だったんだろうね」
「うーん、パパのことはあんまり覚えてないんだ」
「そうかい。でもね、おばちゃんは、きっと立派なひとだったんじゃないかって思うよ」
「本当?どうしてそう思うの?」
シェールは後ろを見返り、女将を見上げた。
「そりゃあぼっちゃんを見てたらわかるよ。ぼっちゃんには、立派なお父さんがふたりいるんだもんね」
「え?ああ、そうだね。お父さん、ふたりいるんだよね」
そうしてシェールはふたりの父に思いを馳せた。
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