以来、稽古に対するシェールの熱の入れようといったらなかった。彼はそれこそ寝る間も惜しむようにして道場通いを続けた。タリウスにしてみれば、いろいろと思うところはあったが、ギリギリのところで自分との約束を守るシェールに、特段何も言えないでいた。

「とうさん!!」

 玄関を入るなり勢い良くシェールが駆け寄って来た。随分前からそうして待ち構えていたのだろう。今にも飛びかからんばかりで足踏みしている。

「一体どうした?」

「お願い、手合わせして。一回で良いんだ」

 またその話か。タリウスはいい加減うんざりして、息子へ向け冷ややかな視線を投げかけた。

「何でもするから、ねえお願い!」

「何をそんなに焦っている」

「知ってるでしょ。錬成会は明日なんだ」

「それがどうした」

「だから、どうしても勝ちたいんだって。勝って一番になりたい」

 いきり立つ我が子を横目に、次第に苛立ちより憐れみのほうが勝るのを感じた。

「いいか、シェール。錬成会というのは日頃の積み重ねを、成果を試す場であって、一夜漬けでどうこうするものではない」

「そんなことはわかってる。わかってるけど、でも最後にもう一度だけ…」

「何度も言わせるな。お前の先生はシモンズ先生だろう」

「シモンズ先生は忙しくて、なかなか相手をしてくれない。だから」

「代わりに暇そうなとうさんに相手をしろと言うのか。お前は自分がどれほど無礼な頼みごとをしているか、わからないのか」

「わかんないよ!」

 咬みつかんばかりの勢いに、タリウスは一瞬目を見張った。

「こんなに頼んでるのに、どうしてとうさんは稽古を付けてくれないの?僕にはそっちのほうが全然わかんない」

 もはや何を言っても無駄である。彼は吐息し、シェールの前に膝を折った。

「明日の錬成会は欠場しろ」

「なんで」

「そのほうがお前のためだ。頭に血が上った状態で無理やり出たところで、恥を晒すだけだ」

「もういい。とうさんなんかに頼まない」

「勝手にしろ」

 ともあれ何事も経験である。そう思い直し、タリウスは沸騰する我が子の横をすり抜けた。


 翌日の錬成会には、宣言どおりミルズ夫妻の姿があった。

「ミルズ先生…!」

 思いがけない人物の登場に、彼、テイラー=エヴァンズは慌てて席を立った。

「構うな。仕事で来ているわけではない」

 いくらそう言われたところで、教官夫妻の前へ座るのは憚られる。ひとまず、テイラーは二人の横へ並んだ。彼は時折、かつて自分自身も身を置いたこの場所へ足を運んでいた。しかし、ここで彼らと会うのは初めてだった。

「シェール、随分緊張しているようね。大丈夫かしら」

「完全に場の空気に呑まれたな」

 目当ての少年は、言葉どおり緊張でガチガチになっており、動きが悪い。

「ほう。気迫で勝ったか」

 しかし、全身から立ち上る負けたくないというオーラに、相手が気圧される形で初戦は幕を閉じた。

「いつまで続くかしら。ねえゼイン、あれがシェールの目の上のたんこぶね」

「なるほど、見事だ」

 競技場では先ほどとは別の少年が闘っていた。華麗な突きで確実に相手を仕留め、場内からはいくつもの歓声が上がった。

「あの子は確か…」

 テイラーにとって見知った顔だった。

「ロイズ中将のところの末っ子だろう」

「驚いた。あんなに小さなお子さんがいたとわね。ああ、でも、どうりで中将が一番前にお座りな筈。さぞや鼻が高いでしょうね」

 続く二戦目も、どうにかこうにかシェールは勝ちを修めた。しかし、最終的には決勝へ進むことなく三戦目で敗れた。

「初めてにしてはよくやったほうじゃない。まるで力は出し切れてなかったけれど」

「いい勉強にはなっただろう」

「あの、声を掛けてあげないんですか」

 早々に帰り支度を始める教官夫妻に、テイラーは思わず意見した。彼らの目当ての少年は、誰が見てもひどい負け方をした。今頃ひどく落ち込んでいるに違いないと、他人事ながらに思った。

「一体何を言えというんだ」

「ぶざまねって?」

「そんなことは我々に言われるまでもなく、本人が一番わかっているだろう」

「そ、そりゃそうですね」

 子供だろうが関係ない。ここはそういう世界だ。テイラーは自身の失言に苦笑した。

「仮にあの子が生きていたとしてよ。シェールを一番にしようと躍起になったかしら」

「さあ、どうだろうね。彼女のことだ、面白がって焚き付けたかも知れないが…最終的には静観しただろうね。今の父親と同じように」