「ねえとうさん、今忙しい?」

「いや。どうした」

 新聞から目を上げると、シェールは上目遣いで自分を見た。間違いなく、何かをねだるときの顔である。

「剣をみて欲しいんだけど」

「お前の先生はシモンズ先生だろう。俺はもうお前に稽古を付けてやることは出来ない」

 シェールが自身の手を離れ、街の剣術道場へ通うようになってからそろそろ一月になる。初めのうちは、そのことを淋しく感じていたタリウスも、今では肩の荷が下りたとを純粋に安堵していた。これでようやく親業に専念出来る。

「ちょっとだけ。ちょっとでいいんだ」

「一度にふたりの先生に就くのはルール違反だ」

「でも」

「いいか、シェール。仮に、目の前に二手に分かれた道があったとしよう。剣の腕前を上げるには、お前はそのどちらか片方を選ばなくてはならない。そのとき、シモンズ先生は右に行けと言い、俺は左だと言ったとする。お前はどうする」

「そんなの…そんなのすぐには決められない」

 ひととおりの想像を終え、シェールは顔を歪ませた。

「悩み抜いた結果、最終的にどちらかを選んだとしてだ。左を選べば、シモンズ先生は二度とお前に教えはしないだろう。逆も然りだ。俺に稽古を付けて欲しいのなら、金輪際道場へ行ってはいけない」

「それはだめ。錬成会には絶対出たいんだ」

 何が何でも新たな師に従事したいとは思わない。だが、道場通いがやめられないのには別に理由がある。道場に行けば、同門の弟子たちと毎日のように手合わせすることが出来る。そこには父とふたり稽古をしていたときには得られなかった、勝つ喜びがあった。

「それならしょうがない。俺の言っていること、わかるだろう」

「うん」

「直接手合わせすることは出来なくても、お前のことはいつだってちゃんとみているから」

 未だ険しいままの瞳を覗き込み、ついでに頬をひとなでした。すると、シェールはわかったと言って折れた。