「今日は用があるから」

 そう言って、友達の誘いはみんな断ってきた。楽しそうに笑い合う友人を見るにつけ、ついつい自分も混じりたくなるが今は我慢だ。さもないと後々恐ろしいことになる。シェールは全速力で宿屋へ取って返した。

 勢い良く自室に飛び込み、荒い息を整えようと大きく呼吸する。

「おかえり」

「ただいま…」

 そして、静かだが極めて不機嫌そうな声に、遅かったと肩を落す。

「たった一晩、不在にしただけでこれか」

 父が不機嫌な理由、それはベッドが今朝起きたときのままになっているからであろう。

「今朝はその、うっかり寝坊して、それでベッドをきれいにしてる時間がなくて」

「こそこそと隠し事をする時間はあったのに、か」

「ふぇ!」

 シェールは咄嗟にヒラヒラと舞い落ちる紙を捕まえる。そして、一目見るなり、身体が石像の如く固まった。

「俺ならもう少しマシなところへしまうが」

「えーと…」

 それは昨日返されたばかりのテストの答案だった。訳あって、出掛けに毛布の中へ押し込んできた。

「お世辞にも出来が良いとは言えないが、それでもお前のやってきたことの結果だろう。隠したところで、その事実は消えない。違うか」

「………違わない」

 もはや言い逃れるどころか、まともに顔を上げることすら適わない。

「そう思うのなら、きちんと受け入れて、やるべきことをやりなさい。それから、シェール」

「はい」

 改まって名を呼ばれ、反射的に目線を上げる。

「警告はしたな」

「けいこく?」

「言った筈だ。他のことが疎かになるようなら、当分の間稽古はやめだ」

「そんなのやだ!ちゃんとする、ちゃんとするから!稽古は今までどおり…」

 確かに間違えだらけのテストを隠した自分が悪い。もっと言えば、そういう結果になってしまったことがそもそも間違っている。しかし、このままではいけないとわかっており、次は見せられるよう頑張ろうと心に決めていた。

「きちんとした実績が出来たら、そのときはまた考える」

「だって、一生懸命練習したんだ」

「お前が今、一番一生懸命になるべきなのは何だ?」

「でもっ!」

 言いたいことは山のようにある。しかし、それは少しも言葉にならず、とてもではないが父を相手に反論出来るようなものではなかった。

「勿論練習するなとは言わない。だけど、そればかりにならないよう、工夫して時間を使いなさい」

「でも見てくれないんでしょう?」

「お前が行いを改めたら再開する」

 それでは一体何のために、頑張って練習してきたのかわからない。早く次へ進みたくて、新しいことを覚えたくて、黙々と練習を続けたのだ。

「強くなりたいんだ」

「きちんと我慢が出来るようになることもまた、強さだ」

 最後は穏やかに諭され、この話は終わりと片付けられてしまう。シェールにしてみれば、納得いかないが、いずれにしても父を怒らせれば同じことである。