日が暮れ、そろそろ夕食の刻限になろうかというのに、相も変わらずシェールは沈黙を保っていた。彼にとって、上の空でじっとしているということは、さほど苦にならないのかもしれない。これでは折角早く帰ってきたというのに何もならない。

 見るからに不機嫌そうな我が子を眺めながら、次第にタリウスは不安に駆られていく。

 シェールは、時折突拍子もない悪戯をしでかすこともあるが、それでも根は良い素直な子供だと思っていた。しかし、仮に自分の前でだけ良い子を演じていたとしたらどうだろう。

「シェール。俺は明日休みだから、このまま一晩中付き合ったって良いんだぞ」

 考え過ぎだ。一旦思考を断ち切ろうと、タリウスは立ち上がった。

「待って」

 そのまま部屋を出ようとするのをシェールが止めた。黙って振り向くと、一応は神妙そうな顔を見せた。

「僕がやった。石を蹴っ飛ばしたら鉢に当たって割っちゃったんだ」

「突然口を割る気になったのは、腹が減ったからか」

「うん」

 少なくとも素直であることに変わりはないようだ。

「それで、何故そのときすぐに言わなかった」

「言ったら、怒られると思ったから」

「言わなければわからない、怒られることもない。そういうことか」

 シェールは答えない。それこそが答えであろう。

「顔を上げなさい」

 言われて、彼はほんの少し首をもたげ上目遣いで父親を見た。

「いいか、シェール。怒られる、怒られないは関係なしに、お前のしたことは良くない。それはわかるだろう」

「うん」

「だけど、誤りは誰にでもあるのだから、間違えたらそこからやり直せば良い。逃げる必要も隠す必要も、それから嘘を吐く必要もない」

 しかし、今度は返事が返って来ない。彼の目は明後日のほうへ向いた。

「シェール!!聞け!」

「ひっ!」

 至近距離で怒鳴ったせいか、再び戻ってきた子供の目には涙が浮かんでいた。

「お前は今、何で俺に怒られているんだ」

「は、鉢植えを、わった、から」

「それだけじゃないだろう」

 シェールは答えず、ただしゃくり上げるだけだ。

「話を聞いていなかったのか」

 いよいよもって本格的に泣き出した子供を前に、タリウスもまた泣き出したい気分になる。こんなにも道理のわからない子とは今日まで思わなかった。

「大きな声を出して悪かった。悪かったけど、だがこれだけはわかれ」

「ん…」

「嘘を吐くな」

 いいな、シェールの前に屈んで念を押す。そして、泣きながら子供が肯くのを確認し、震える背中を何度も擦った。


 それから、シェールが落ち着くのを待って、ふたり揃って食事に降りた。いつもなら叱られようが、喧嘩をしようが、まるでお構いなしに皿を空にするというのに、今夜は全くと言っていいほど食べなかった。先ほどは確かに空腹を訴えたというのに、一体どういうことか。タリウスはまたもや不安に陥った。

 そんな不安を知ってか知らでか、シェールは部屋に戻るなり頭から毛布をかぶった。

「大丈夫か」

「もう寝る」

 普段は寝る直前まで遊びに付き合わされ、その上寝る時間になってもなかなか言うことを聞かないのだ。どう考えても明らかに様子が変だ。

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 それでも本人が何かを訴えてこない限り、自分にはどうしようもない。彼はそうした歯がゆさを感じながら、毛布の上からシェールの身体をやさしく叩いた。