その日、ゼインが家へ帰り付いたのは深夜だった。長い一日に流石に疲弊した。妻を起こさないようそっとベッドへ潜り込んだつもりだった。
「お帰りなさい」
しかし、ミゼットは覚醒していた。
「どこに行っていたの?」
「母に会って来た」
彼女の声に改めて不安にさせていたことを知った。
「そう。お元気だった?」
「辛うじてというところだが」
人には寿命がある。それにはどうやっても抗えない。
「私が言うのもなんだけれど、もう少し頻繁に会いに行ったら」
「そのことだが、向こうで弟子を取ってね。だから、ちょくちょく帰ることになりそうだ」
「あらそう、楽しそうね。私も行って良い?」
「もちろん。母も君に会いたがっていた」
長い髪をもてあそぶようにして撫でると、途端に子猫がじゃれてくる。
「あ、そうだ。忘れてた」
「ん?」
「昼間、予科生があなたを訪ねてきたんだった」
予科生と聞いて思い当たるのは若干一名だが、彼には今外出の自由はない筈である。自暴自棄になって殴りこみにでも来たのだろうか。
「この世の終わりみたいな顔をしてて、あんまり気の毒だったから、つい大丈夫よとか言っちゃったんだけど。あんまり大丈夫じゃなかったかしら?」
「大したことではない。ほんの少し驕っていただけだ」
「ふうん」
それにしても、身分証もなしによく出られたものだ。そんなずさんな管理をするような者が今日の当直か。
「あのお節介が」
「え?」
彼の脳裏にはお節介な教え子の顔が浮かんだ。自ら首を突っ込んだのか、はたまた見込まれてすがられたのか。
「何でもない。君には、いずれすべて話すよ。だが今夜はもうだめだ」
急激に襲ってきた眠気に、ゼインはぱたりと白旗を上げた。
了 2011.6.19 「邂逅」