「こんな時間までどこをほっつき歩いていた?夕食までには帰れといつも言っているだろう」

 その日、帰宅した自分を出迎えた兄は正に不機嫌極まりなかった。こんなときにはとっとと謝ってしまうに限る。しかし、それもなんだか癪に障る。そう思っているところに、あることがひらめく。

「ミルズ先生のところにいた」

 兄はこの単語にめっぽう弱い。

「今までいたわけではないだろう」

 だが、少しも兄は怯まず、それどころか物凄く不愉快そうにすぐさま切り返してきた。

「何で知ってるの?」

「今さっき先生がここへ来たからだ」

「うそ、何で?」

 間が悪いことこの上ない。たちまちシェールは窮地に追いこまれた。

「話を逸らすな。お前はどこで何をしていた。答えなさい」

「どこでって言われても。ひとりで考えたいことがあったから、その辺歩いてた。それだけ」

「だったら初めからそう言えば良いだろう。何故嘘を吐く必要がある」

 これには返す言葉が見付からない。

「もう良い。食事を取らずにベッドへ入りなさい」

「何で!」

「門限は破る。嘘は吐く。反省はしない。充分だろう」

 言われてみれば、確かにすべてにおいて自分が悪い。

「これ以上、俺を怒らせないほうが身のためだ」

「………ごめんなさい」

 完璧に素直になれたわけではないが、ともかく二日続けてお仕置きを受けるのだけは避けたかった。

「ベッドへ」

「はい」

 頭から毛布をかぶり、外とのつながりを遮断する。ゼインのところでおやつをつまんできたこともあり、空腹で堪らないというほどではなかった。だが、それでも朝までは到底持ちそうもない。無論、こんなときに都合良く眠気が襲ってきてくれるはずもなく、もはや溜め息しか出てこなかった。何故こうもうまくいかないのだろう。

 一方、毛布の塊と化した子供を見ながら、タリウスの心もまた穏やかではない。苛立ちの原因ははっきりしているのだ。

「先ほど君のチビッコが、ちょっとした相談に来たね。もう少し気の利いたことを言うべきだったと後から思って来たんだが」

 不在なら日を改めると言って、上官は踵を返した。去り際に不思議なひとことを残して。

 シェールがちょくちょくミルズ邸に出入りをしているのはもちろん知っている。彼にとってミルズ夫妻は、ほぼ無条件に自分を肯定してくれる存在である。それはそれで構わない。ただ気になるのだ。シェールが何につまづき、何処を彷徨っているのか。

 まるで自分では用が足らないとでも言われた気がした。