「弱点?」

 手にしたカップを宙に置いたまま、ゼインは少年の台詞を鸚鵡返しにした。

「だってミルズ先生は昔からお兄ちゃんを知ってるんですよね。それなら、お兄ちゃんの苦手なものとか怖いものとか、知ってるかなって思って」

「なるほど」

 確かにそういうことならばここへ聞きに来るのが一番手っ取り早い。なかなか知恵が回るようになったと感心しつつ、ゼインはカップに口をつけた。

「君自身はどう思うんだね」

「それが全然わかんなくて。考えてみたら、お兄ちゃんが困ってるところ、見たことない」

「本当にそうかい?」

 彼はこれまで幾度となく、それこそ見飽きるほどにシェール絡みで取り乱す部下の姿を見てきた。灯台もと暗しとはこのことだ。

「お兄ちゃんは強くて、正しくて、何でも当たり前みたいにやっちゃう。きっと、努力なんてしたことないんだ」

「そいつはすごい」

 事の真偽はひとまず横に据え置き、彼は伝え聞いた教え子の成長に目を細める。

「ところで、君にはこれが何に見えるだろうか」

 ゼインが指差したそれをシェールはきょとんとして見詰めた。

「カップ?」

「そうだね。では、上から見たらどうだろう」

「やっぱり、カップ」

「それは正解を知っているからだろう。そうではなくて、頭を空にしてもう一度見てごらん」

「んーと」

 目をぱちくりさせながら、シェールは立ち上がってカップを覗き込む。

「まる。まるに見える」

「では、下から見たら?」

 今度はカップを持ち上げ、中身がこぼれないようシェールのほうへ底を傾けてやる。

「誰かのサイン」

「では、最後は横からだ」

「お花畑」

「結構。座りたまえ」

 シェールはソファに沈み、すっかり冷めた紅茶をコクコク飲み干した。

「いつも君が見ているのは、父上のほんの一面に過ぎないのかもしれないよ」

「先生、それってどういう…」

「さて、チェスでもするかい?何かひとつでも父上に勝ちたいのだろう」

「………はい」

 結局、その後何度かチェスの手合わせをしてもらい、シェールはミルズ邸を後にした。頭の中では、先ほどゼインの言ったことがぐるぐると回っていた。多分あれは何かのヒントだろう。このまままっすぐ帰るとなんだか思考を邪魔されそうな気がして、彼は適当に寄り道をしながら街を歩き回った。