その夜、ゼインは久し振りに自宅へ戻った。予想したとおり、ミゼットの姿はない。家の中を歩き回ると、そこここに彼女が暮らした痕跡が残っていた。テーブルの上には、いつか彼女に贈った指輪がぽつんと置き去りにされていた。
 指輪を摘み上げしげしげと見詰める。この石ひとつで彼女を守れるとでも思っていたのか。

 頭の中で先ほど部下の言っていた台詞を反芻する。
 怖いか怖くないかで言えば、怖い。それでも、そんなことばかりも言っていられない。

 彼はもう一度指輪に目をやる。そして、数秒間思考した後、ポケットに指輪を捩じ込み家を出た。

 いろいろと思うところはあったがあえてそれを遮断し、一直線に王宮へと向かった。こんな時間に何事かと、衛兵が驚きながらも通用門を開ける。彼はすぐさま目当ての人物に取り次ぐよう伝えた。

 ほどなくして、衛兵が戻って来る。

「休暇?」

 衛兵から伝え聞いた話によると、彼女はここしばらく休みを取っているらしかった。予期せぬ事態に彼は困惑した。しかし、そんなことはおくびにも出さず、衛兵に礼を言って王宮を後にした。

 夜の城下を歩きながら彼女の行き先について考えた。しかし、全くというほど心当たりがない。そもそも彼女の交遊関係について知ることなど殆どないのだ。少なくともこの近くに親類縁者がいるという話は聞いたことがない。流石に男のところへ転がり込んでいるとは考えたくないが、長年地方勤めをしていた事情を鑑みるに同性の友人がいるとも考え難い。そんなことを考えていると、何かが心につかえる。単なる思い過ごしか、そう思い更に思考を続けた。

 ひょっとしたら実家へ戻ったのかもしれない。それならば、長く休みを取ったことへの説明も付く。だが、一体何のためだろうか。親友を亡くしたときですら、胸の内をさらけ出すことはなかったのだ。プライドの高い彼女が親に泣き付くとは思えない。

「親友…?」

 そこまで考えて、再び心に引掛かりを感じる。

「エレイン」

 発音した途端に確信が深まる。