一睡も出来ないまま、ミゼットは朝を迎えた。あれからゼインとは一切口を聞いていない。

 恐らく、彼は今回の外遊に自分が随行するのが気に入らないのだろう。だが、その怒りの根がどこにあるのかは未だわからないままだ。
ほんの一瞬、嫉妬という文字が頭をかすめる。しかし、そんなことは有り得ないとすぐに頭を振る。
その気になればいくらでも上に行けるのに、彼はその生涯を教育に捧げると決め、同時に自ら出世街道から自ら外れた。

「モリスン!」

 自分を呼ぶ甲高い声に頭痛をおぼえる。今日だけは本気で勘弁して欲しい。

「おめでとう、あなたならやると思った」

「恐れ入ります」

 予想に反し、今朝の上官はすこぶる機嫌が良い。祝福の言葉も本心から出ているようである。

「あなたがいなくなるなんて、清々…ううん、淋しくなるけど、お餞別ははずまないと」

「結構です。たかだか二週間のことで、一生お会いできなくなるわけでは…」

 あいにく外遊先で殉死する予定はない。

「何言ってるの。あなたどうして自分が選ばれたかわからないの?王女殿下付きでしょう」

「はあ…」

 気のせいか昨夜と同じような展開になりつつある。

「あなたはひとに取り入るのが大層上手だから、きっと殿下もお気に召すでしょうよ。
お気に召したついでに、いよいよお輿入れ、なんて折りには、きっと召し上げられるわよ」

「召し上げ…られる?」

 上官の言葉に心臓が大きく波打つ。

「侍女でも何でも、何人かは自国から連れて行くでしょう。何だかんだで、あなたは身軽だから気兼ねがいらないし」

「身軽?」

 次いで背中が寒くなる。

「家族を持っていないということよ。それにしても、あなたのお相手も薄情ね。普通止めるわよ。
ま、一生主君のためにお仕え出来るなんて、とても名誉でしょうけど。時期に近衛ね」

 気味の悪い高笑いを聞きながら、もはや立っているのがやっとだった。

「どうしよう」

 その実、どうしようもないことは明白だった。今更辞退したいなどと言い出せば、恐らく洒落にならない事態になるだろう。
こんなときに真っ先に知恵を貸してくれそうな元教官も、早々に匙を投げている。

 だが、現時点ではあくまですべてが仮定の話だ。まだそうと決まったわけではない。
そう思う一方で、本決まりになってからではそれこそどうしようもないこともまた明らかだった。