昨今、ゼイン=ミルズは極めて平穏で、それでいてかつてないほど満たされた日々を送っていた。
 その日も、彼にとって平凡な何の変哲もない一日になる筈だった。

 いつもどおり目覚め、出仕し、打ち合わせと朝礼の後、週番の届けた新聞に目を通す。
それが済むと、今度は週に一度発刊される軍報に手を伸ばす。軍報の一面は、来月に控えた国王陛下外遊に関する記事だった。
外遊には近衛兵とは別に志願兵を募り随行させる。その選抜部隊が発表になったようだった。
チラホラと知ったような名を見つけてはそのままやり過ごしていく。

 だが、彼の目は最後の一行で完全に止まった。決してあってはならない名を発見したのだ。


「どういうことだ。何故ここに君の名が載っている」

 帰宅するなり鋭く問われ、ミゼットは閉口する。殆ど詰問である。

「ああ…それ。今日話すつもりだったのだけど」

「こんなものに志願したなんて一言も言っていなかったじゃないか」

「この手のものには大概いつも応募してて、でもまさか選ばれるとは思わなくて、だからその運試しのつもりで」

「運試しだと!」

「ひっ!」

 突然、平手で机を叩かれ、ミゼットは息を呑んだ。こんなに怒ったゼインを久しく見ていない。

「確かに軽率だったかもしれないけど、でも選ばれたからにはきちんと使命を果たすつもりよ」

「君のことだ。さぞや立派に使命とやらを果たしてくれるのだろうね」

「え?」

 どうにもゼインの様子がおかしい。徐々にミゼットの心が焦りと不安で満ちていく。

「ところで、今回の外遊には王女殿下もご同行なさるとか。隣国との縁談が本決まりとの声もあるが、あくまで噂か」

「そうね、現時点では噂の域を出ないけれど、かなり信憑性は高いみたい。ねえそれがどうしたって言うのよ。
今回のこと、あなたは微塵も喜んでくれないの?」

「とんでもない。おめでとう。いや、むしろおめでたいと言うべきか。相変わらず目先のことにしか興味がないようだが、それにしたってお手柄だ」

「一体何なのよ」

 ミゼットには全く話が見えず、苛立ちだけが募った。

「上昇志向を持つのは結構だが、少しばかり考える力も身につけてもらいたかったよ。もう君のようにお偉い人間とは付き合えない」

「ええ、そうね。次はもっと頭の良い女と付き合えば?何を言われても動じない鈍感女も良いかもね。もう馬鹿にされるのはたくさんよ」

「結構。別れよう」

「は?」

 俄かには受け入れがたい提案にミゼットは耳を疑う。

「これで終わりにしよう。今後、益々の活躍を祈るよ、モリスン中佐」

 無機質に言い捨て、ゼインは彼女の視界から消えた。

 これまでもゼインとは大小様々な小競り合いを繰り返してきたが、それでも別れ話に発展することなく、最終的にはいつも元の鞘に収まった。
 そもそも彼は別れを切り札にするようなことはしない。そうなると考えられることはただひとつ。彼は本気だ。