これまでタリウスはシェールの要望について、よほど突飛なことを除き、殆どすべてを
叶えてきた。

 今回、愛し子のオーダーは、剣を習いたい、だった。まだ早い、一度はそう言って却下
したが、これがなかなかしつこい。それでも絶対だめだと言い切らないのは、彼の年齢
を考えれば決して早くはないことをわかっていたからである。どこまで本気なのか定かで
はないが、どうせならきちんと教えたい。そう思えば思うほどに心は揺れ、最終的には要
望を飲んだ。

 稽古に先立ち、彼に約束させたのはふたつ。言い訳しない、そして泣かない。

 前者が守れないときには容赦なく叱責し、後者に至っては問答無用で稽古を打ち切っ
た。これは何も一滴の涙も許さないということではない。ただ安易に泣くことを解決策と
せず、立ち向かう強さを学びとって欲しいと願ったからである。

 もとよりシェールは動き回ることが好きで、体力も気力も充分にある。彼は恐ろしいほ
どの早さで技術を吸収し、師としての自分の要求によく応えた。だが、剣の道はそう易
々とは極められるものではない。

「何度も同じことを言わせるな!目を閉じるなと今言ったばかりだろう!」

「はい!」

 幾度転ばされようと、泥だらけになろうと、その都度シェールは起き上がった。息が上
がりながらも、止めと言うまでは必死になって食らい付く。その根性はなかなか見上げ
たものだと思う。

「目を開けろと言うのがわからないのか!」

「は…い」

 それでも所詮は子供、物理的な痛みにはそこそこ耐性が出来たが、精神的な恐怖
となるとまるで話にならない。向かってくる攻撃に、どうしても目を閉じてしまう。

「お前は馬鹿か」

 冷たく問われ、思わず涙がこぼれそうになった。日常ではまず言われない台詞であ
る。少なくともこれまでの兄なら絶対に口にすることはなかった。

「だって…」

 怖いものは怖い。言いかけて慌てて言葉を切るがもう遅い。

「言い訳をしている暇があったら出来る努力をしろ!!」

「………っ」

 どんなに悪戯をしたとしてもここまで怒鳴られることは稀である。涙腺が緩む。泣くな、
必死に自分に言い聞かせるも、一度こぼれ落ちた涙は止どまるところを知らない。

「ここまでだ。罰メニュー2セット、終わったら報告に来い」

「ありがとう…ございました」

 まただ。泣かずに挨拶が出来るようになるのは一体いつだろう。涙でぼやけた瞳で兄
の背を見送る。そして、泣き顔のまま走り始める。