そのとき、奥の棚から聞こえた声に彼らは凍り付いた。

「ミルズ先生！？」

「い、いいいいつからいらっしゃったんですか！」

　もはや尻の痛みなどどうでも良い。ふたりは弾かれたように立ち上がる。自然と背筋が
伸びた。

「30分ほど前からだろうか。少なくとも機械がどうこう言っているときにはいたが」

「う、うそ…」

「えぇー」

　口の中で呟くも声にはならない。

「丁度私も手が離せなくてね。閲覧禁止の棚にいたのか」

　絶対に嘘である。そうとわかっていて、あえて立ち聞きしていたに違いない。

「本当に、呆れるほどジョージア教官が好きなんだね、君達は…」

　さも可笑しそうに肩をすくめるかたわら、その目は冷たく自分たちを見ていた。

「申し訳ありません！」
「申し訳ありません！」

　言い逃れ出来まい。そう悟った彼らはそこで頭を下げる。

「しかし、外禁中だというのになかなか大胆なことをしてくれるね」

　教官は崩れた指導記録の山を一瞥する。じわじわと背中が汗ばみ、代わりに口の中はカ
ラカラに渇いた。

「テイラー＝エヴァンズ、それからキール＝ダルトン」

　教官は長身を屈め、少年たちの顔色を窺う。

「もし、君たちが望むのなら…ジョージア教官には黙っていてあげようか」

「え！」

「本当ですか？」

「勿論本当だとも」

「ありがとうござ…」

「但し条件がある」

　微笑み掛ける教官を前に、ごくりと生唾を飲み込む音がふたつ。

「君達にはこれから私の言うことを余さず聞いてもらう」

「な、何をしたら良いですか」

　固まったままのキールを置いて、恐る恐るテイラーが問う。

「今はこれといって思い付かない。まあ追々やってもらうことにするよ」

「そんな…」

　教官の弱味を握るはずがこれでは逆だ。しかも、明らかに事態が悪化している。これな
らば最初からタリウスに怒られたほうがマシである。この先延々と主任教官に怯え続ける
のか。

「ああ、それから。規則を破った罰は私があげるからそのつもりで。なに、私は機械ではな
い。反省さえすれば回数など決めずともすぐに許してあげよう」

　裏を返せば、教官が納得するまで無制限に打たれるということである。地獄の底はとて
つもなく深い。


　了　2010.12.25　「鬼の居ぬ間に」 SIDE B