抑揚のない、さながら機械のような声にふたりは縮み上がった。

「一体どういうことだ」

 資料室に似つかわしくない騒音に、タリウスが書棚の間を覗く。見れば、教え子がふたり、
古い指導記録に埋もれていた。彼らがそこで何をしていたのか一目瞭然である。彼は最悪
の事態を覚悟した。

「え、いや、その。これは…」

「おいお前!!」

 教官の視線がある一点を捉える。そして、つかつかとこちらへ近付いて来る。正に鬼の
形相である。

「あーっ!!」

 何気なく手にしていた記録にキールが悲鳴を上げた。自分の手の中に、先ほどまで探し
求めていた名を認めたのだ。書棚が崩れた拍子にどこからか降ってきたようである。
間の悪いことこの上ない。あたふたしていると、強い力でそれを奪われた。

「中を見たのか」

 間近に迫った鬼を前に声も出ない。キールはふるふると首を振った。数秒後、刺すよう
な視線はテイラーへ移る。

「いいえ!触ってもいません」

 教官はしばしの間、ふたりを見比べた。どちらも嘘をついている素振りはない。
 おもむろにタリウスの指が弧を描く。後ろを向けという意味である。

「全く、甘やかすとろくなことがない」

「うっ!」

「いった!」

 全く身に覚えがない。そんなことを考えていると、尻に衝撃が走る。飛び上がって痛が
る彼らは、叱られた子供そのものである。

「こんなものは叩かれたうちに入らない。5分やる。直ちに片付け、教官室へ来い」

「はい!」
「はい!」

 本心がどうであろうと、教官の命令には絶対服従である。自動的に返事を返しながら、
たちまち後悔で埋め尽くされた。

「だからやめようって言ったじゃん」

「なっ!うそつけ、お前が…」

 彼らの不毛な争いはもうしばらく続きそうである。

 一方、資料室を後にしたタリウスもまた大いに取り乱していた。

 いつかは誰かがやると思っていた。しかし、同僚の目のある執務室に自身の弱みを置く
のは気が進まず、そうかと言って持って帰ればもっと厄介なことになり兼ねない。それな
らば、いっそ燃やしてしまおうかとも思った。だが、流石にそれは良心が咎めた。

 そういうわけで、最適な隠し場所が見付からないまま、彼の秘密は書棚の奥へと押し込
まれていた。しかし、もはや一刻の猶予もならない。このままではおちおち眠ることすら敵
わないのだから。


  了 2010.12.25 「鬼の居ぬ間に」 SIDE A