「この辺りにはないな。やっぱりもっと前じゃないか?」
「オレはむしろもっと最近だと思うけど」
「馬鹿言え。先生の子供、結構大きかったじゃないか。いくつのときの子だよ」
「ああ…あの子はいろいろと事情があるみたいだよ」
「事情って?」
「親子じゃないみたい。先生のこと、お兄ちゃんって呼んでた」
本棚を物色しつつ、小声で会話を交わすのはテイラーとキールのコンビである。彼らは
現在、資料室の閲覧禁止区域にいる。
資料室とは言わば図書館のようなところで、軍報や新聞はもちろんのこと、戦記や伝記
などがあり、なかなか良い時間つぶしになる。それ故、ここはいつも手持ちぶさたな候補
生たちでそれなりに賑わっていた。しかし、外出の許される週末とあって、今日は彼らの
他に利用者はない。
「腹違いってヤツ?」
「さあ、そんなところじゃない?とにかく仲は良さそうだったけど」
「それは知ってる。オニのくせに身内には甘いのな」
そこで、揃って溜息をこぼす。彼らは目下外禁中である。
先日の点検の折、些細なことで減点され、そのことに不平を漏らした結果、その場で
タリウスに身分証を没収された。当然、反抗的な態度をとった自分たちに非はあるが、彼
らの怒りの矛先は教官へ向いた。しかし、真っ向から闘いを挑んだところでまず勝ち目は
ない。
考えあぐね資料室を訪れた彼らは、そこで思いついた。教官もまた中央士官学校の卒
校生である。
「ジョージア先生、昔から機械みたいだったのかな」
「機械?」
「だってそう見えない?冷たいし、細かいし、絶対狂わなそう。今回だって、他の先生なら
何も言わないようなことでいちゃもん付けてきたし」
「まあそうだけど、どっちかって言うと、オレはミルズ先生のが機械っぽいと思うけど」
「でもミルズ先生は笑うじゃん」
「ああ…確かに」
彼らの脳裏には満面の笑みを湛えた主任教官が映る。
「あーそれにしても。一体どんなことが書いてあるんだろうね、ジョージア先生の指導記録。
ん、これより後は上みたいだ」
背表紙の文字を頼りに年代を下って行くと、本棚の端に行き着いた。この続きは隣の棚
のようである。
「キール、肩車しろ」
「えー、テイラーのが重いじゃん」
彼らは互いに目を合わせ、拳を握る。
「じゃーんけーん」
しばしの攻防の末、勝敗が決まる。
「オレの手、読まれてるのかな」
敗者キールは手のひらを見詰めながらぶちぶち文句を言う。そんな彼に颯爽とテイラー
が飛び乗った。
「テイラー、あった?」
「いや、この辺時代がめちゃくちゃになっててよくわかんない」
「だったら一回降りてよ」
「ちょっと待てって」
「もう無理っ…ちょ、ちょちょちょっ!」
肩の重みに耐え切れずキールがバランスを崩した。担がれたままのテイラーはゆさゆさ
と揺さぶられ、後ろへと倒れそうになる。落ちる、そう思い咄嗟に本棚の縁を掴んだ。
「う、うわあっ!!」
しかし、縁だと思ったのは指導記録の背である。それらは次々と崩れ彼らの頭上に降った。
ドシン!バタン!
少年がふたり、連続して尻餅をつく。
「いってぇ…」
身分証を取り上げられると共に多少の懲罰も受けており、その傷は未だ癒えていない。
増幅した痛みにふたりして顔を歪めた。
「何の騒ぎだ」
「何だね、騒々しい」